同じ題材の短歌を集めてみると、いろんな人がバラバラに詠んだ歌なのに、歌たちが雑談をしているように見えてきます。
今回は、駅の名前について詠んでいる歌を集め、架空の司会とアシスタント、および、鱶助くん(ふかすけ 深読みサポートロボ)を置いて、座談会ふうに並べてみました。
■美しい駅名、素敵な駅名
司会「駅名にはけっこう美しいのがありますよね。好きな駅名とか、心惹かれる駅名とかありませんか。」岩田正
数へあぐれば螢田・富水などとよき駅名多しわが小田急線
ルビ:螢田(ほたるだ)・富水(とみづ)
『レクエルド 想ひ出』1995
『レクエルド 想ひ出』1995
司会「おお! 外の景色とは別に、美しい駅名を聞きながら電車に乗っていくのは、脳内ハイキングみたいでしょうか。」
山埜井喜美枝
あわただしき旅の列車は「朝霧」といふ美しき名の駅にとまらず
『はらりさん』2003
司会「朝霧。そんな美しいところに停まったら旅が終わってしまいそう。」
アシ「[朝霧]は山陽本線の駅です。」
秋月祐一
天空橋といふ名の駅よいつかしら降りてみる日はくるのだらうか
『この巻尺ぜんぶ伸ばしてみようよと深夜の路上に連れてかれてく』2020
司会「アニメの世界のようですね。」
アシ「[天空橋]は京浜急行です。」
神谷俊太郎
寝過ごして着いた知らない駅の名が案外嫌いじゃなくてタクシー
「外大短歌」7号 2016
■駅名の味わい方いろいろ
司会「味わうといえば、何かの必要があって路線図を見るときでも、ついでに駅名を味わう、ってこともあるでしょうか。」
千種創一
路線図の涯に名前の美しい駅があるのは希望と似てる
ルビ:涯(はて)
『千夜曳獏』2020
司会「言われてみればそうですね。逆にイマイチな駅名だったら……、いや考えないでおきましょう。」
路線図の涯に名前の美しい駅があるのは希望と似てる
ルビ:涯(はて)
『千夜曳獏』2020
司会「言われてみればそうですね。逆にイマイチな駅名だったら……、いや考えないでおきましょう。」
浜田康敬
山陰線に浜田駅ありさらにひとつ松江は母と同じ名なりき
『旅人われは』1985
司会「駅名と苗字! なんだか不思議な感覚ですが、なぜなのか。えーと、鱶助くん。」
鱶助「もし地名と同じ名字なら、陸地との縁が喚起される。そして、駅名と同じ名字なら、そこに路線という血管との縁も加わる。駅名という観念の世界を経由し、身体感覚で地域に結びつく、というプロセスが不思議感覚ではなかろうか。」
司会「そ、そうなのかも。」
伊波真人
橋の名の駅をいくつもつなげては水を夢見る東京メトロ
『ナイトフライト』2017
アシ「銀座線の日本橋・京橋・新橋。東西線の竹橋・飯田橋などでしょうか。」
司会「[橋]といえば架け橋のイメージでしょうか。」
鱶助「むろん架け橋のイメージはある。実際にその駅のそばに川があるとは限らないが、[橋]という字は観念として[水]に縁があり、[橋]のつく駅名の連なりは、メトロが観念の[水]のうえを走っているかのような視覚化を促す。地下鉄は人を運ぶのが目的なのだが、[橋]のつく駅名が多いことに注目したこの歌は、都市の地下水のようにたまった夢のうえにかかる鉄道、というファンタジックなイメージを喚起し、末尾の[東京メトロ]という名称までも、なんだか夢見るようなとろける語感として余韻を残す。深読みついでに更に言えば、一筆書きの[7つの橋]も連想の射程に入ってきそうである。」
司会「鱶助くん、カタすぎ。それともう少し手短にね。さて、お次はどなたでしょう。」
柴田瞳
志木・若葉・朝霞・川越・みずほ台 東上線で好きな駅の名
(出典調査中)
司会「せりなずな……春の七草みたいな感じに75調に乗せましたね。好きな名前の駅だけでどんどん進む感じ。」
東直子
いくつかの武蔵の名つく駅を過ぎ小杉がつけば乗り換えるのだ
「短歌研究」201303
アシ「[武蔵]がつく駅は全国にありますが、この歌はたぶんJR南武線です。武蔵小杉・武蔵中原・武蔵新城・武蔵溝ノ口の4駅があります。」
司会「次の次の武蔵、次の武蔵、というふうに目的の武蔵が近づく感じを捉えていますね。」
蒔田さくら子
ルビありても解せぬ子の名の多き世に業平読めぬと駅名変はる
『標のゆりの樹』2014
司会「そうそう。しかも駅名はひらがなでも表記してあるわけで、むしろ勉強にもなるから変えなくていいじゃないか、と思えます。しかも新しい方はなんだか長いし。」
アシ「2012年、[業平橋(なりひらばし)駅]は[とうきょうスカイツリー駅]に改称。その後は「旧業平橋」と併記しているそうです。」
九螺ささら
現実の駅名並べ「あいのない」「おまえだ」「ごめん」「ほしい」「しね」となり
『ゆめのほとり鳥』2018
司会「えっ? そうだったんですか。最初は単に、実在の駅名を繋いでエスカレートして険悪になっていく場面をあらわすという趣向、と思いましたが、実は、〝現実から架空へと転じていく〟という進行要素も含まれていたんですね。」
■通過駅
司会「一瞬で通りすぎてしまう通過駅。停車はしても降りない駅。そういう縁の濃淡も詩心をくすぐりますね。」
光栄堯夫
降りずして過ぎてしまった駅の名を呟くいくつ秋の彼岸に
『向こう側』2009
司会「降りなかった駅名の回想は、ご縁を結べなかった人がたくさんいるという感慨にかさなるんですね。」
田村元
急行が置き去りにせし駅の名をいとほしみつつ夏逝きにけり
『北二十二条西七丁目』2012
司会「こちらは駅名と季節感。通過駅や降りなかった駅との縁の薄さが、季節の移ろいに重なるんですね。季節と駅名を関連付ける歌は、ここまでに夏と秋とがありましたが、春と冬はどうなんでしょう。」
アシ「[駅名+春][駅名+冬]の短歌もさがしましたが、手持ちデータの中には見当たらないです。たまたま俳句でこの句を発見しました。
駅名の変はりし春の葡萄山(福田甲子雄『師の掌』)」
平井弘
ひと夏の鬱でもいいがくさかづらつぎの駅名くらゐ読ませろや
『振りまはした花のやうに』2006
司会「あ、夏ですね。うわぁ、こちらは何か含みがありそうです。平井さんは、こうした婉曲表現の魔法使いですから、これは鱶助くんに聞いてみましょう。」
鱶助「[夏の鬱]は、夏の暑さのことか、というセンもあるが、[くさかづら]があるため、『夏草や兵【つはもの】どもが夢の跡 芭蕉』がちらつき、『戦争』のイメージが強まる。
そも芭蕉の句は、草原に屍るいるいの場面を幻視して、婉曲に[夢の跡]と言っているかと思えるものだが、この歌の[くさかづら]はそれを強め、[くさかづら]に絡みつかれて屍から魂が解放されないことを、それとなく想起させる。
この作者には太平洋戦争を意識した歌が多いということも念頭におくべきだろう。太平洋戦争では兵士を送り出す際「海行かば水漬く屍 山行かば草生す屍 大君の辺にこそ死なめ 顧みへりみはせじ」(もとは万葉集にある大伴家持の長歌。天皇のため海や山の屍になることも厭わぬという意味)という歌を歌ったそうだ。
それらを総合して、この歌の[夏]は、1945年の夏(原爆・激化した各地の空襲・沖縄戦・そして終戦)を想起させる。
「つぎの駅名くらゐ読ませろや」とは、夢からさめるように復興していく戦後の時間を特急列車に見立て、過去の[くさかづら]に囚われたまま未来を見ることのない戦死者の立場から、悲しく皮肉っている表現と思われる。」
司会「ふー。なんかものすごかった。」
アシ「関係なさそうですが、「かづら」に関係ある駅名といえば、近鉄吉野線に[葛(くず)]という駅があります。ほかの路線にも「葛岡」「葛生」「葛西」などけっこうあるようです。」
司会「そうですか。では次に進みましょう。」
吉田恭大
通過するあの駅の名を覚えてる 部首から引いた漢字のように
『光と私語』2019
司会「これも鱶助くんに聞こうかな。あ、さっきしゃべりすぎて充電中ですか。じゃあ、私ががんばります。
ーー通過駅の名を見たらなぜか知っていたが、この記憶の残り方はなんだか漢和辞典を部首から調べたものみたいな感じだ。--という意味でしょうね。記憶経路をさぐる(記憶経路にはいろいろありますから)、という脳内の働きを味わう、という点が斬新ですね。」
木下こう
駅の名のひとつひとつにとらはれて(むかうの半月おきてがみめく)
「詩客」2018-07-07
司会「こちらも脳内のことを詠んでいる歌みたいですね。鱶助くん、充電は終わりましたか?」
この歌のおもしろさは、目的地が月であるらしいこと。銀河鉄道777の絵が一瞬よぎる視覚効果がそれとなくあること。そして、駅名で道草をくっているうち、月が置き手紙みたいになった、という魅力的な言い回しをしていることである。
=道草をくった→《月が半分に欠けるほど時がたち》→《月で待っていた何者かは去ってしまって》→月が置き手紙みたいに見える。
総合して、寓話めいた脳内思考の経緯をそれとなく想像さ……せる…よう…」
司会「あらら、またバッテリーが。」
■そのほか
司会「異なる観点からもう少し。」
秋月祐一
眠れない夜にきみから教はつた世界でいちばん長い駅の名
『迷子のカピバラ』2013
司会「鱶助くんはダウンしていますが、さっきの歌の鱶助くんの解釈にあった[道草]が頭に残っています。眠れない夜にすごく長い駅名を聞いちゃったら、夜が明けなくなるかな、というようなことを思いました。
長い駅名は[きみ]が使った一種の呪文でもあり得ないか、このひとは[きみ]に囚われてしまうのかも、などの深読みを楽しみました。」
アシ「日本の長い駅名というと、嵐電北野線の[等持院・立命館大学衣笠キャンパス前駅](表記17字・ふりがな26字)、鹿島臨海鉄道大洗鹿島線[長者ヶ浜潮騒はまなす公園前](表記13文字・ふりがな22文字)などがあります。なお短い駅名で有名なのは1文字の[津]です。」
千原こはぎ
もうきみのものではないということを始める知らない名前の駅で
『ちるとしふと』2018
司会「そういう捉え方詠み方があるんですね。駅名という題材は、出発駅・終着駅・通過駅・途中下車駅と、その人の立ち位置でいかようにもなるものなんですね。
さて、そろそろ終わりの時間が近づいてまいりました。さいごに大御所、よろしくお願いします。」
石川啄木
うたふごと駅の名呼びし
柔和なる
若き駅夫の眼をも忘れず
ルビ:柔和【にうわ】・駅夫【えきふ】
『一握の砂』
司会「『一握の砂』の[忘れがたき人人]という章にある歌ですね。
駅名といえば電車が到着すると、駅員が語尾を引き伸ばして駅名をアナウンスします。今はさほどではないけれど、自分が子どもの頃は発声も独特で、相撲の呼び出しとも違うけれどかなりクセのあるものでした。啄木の時代はもっと特殊だったのかもしれません。若くて声の通る駅員がいて、その声だけでなく眼まで忘れない、ということは、思わず駅員の顔を見てしまうほどに印象深かった、ということですよね。」
アシ「駅員のアナウンスは他にも詠まれていそうだと思いましたが、なぜかあまり見当たらないです。」
司会「近代の啄木さんが詠んだネタなのに、あとが続いてない。追随をゆるさず(?)でしょうか。
さてさて、短歌による座談会、という鑑賞方式はいかがでしたか。
また良いテーマがあったら試みようと思います。ではでは、そのときまで、ごきげんよう、ごきげんよう。」
2023・3・25