2021年8月24日火曜日

ミニ55 星と骨(+血肉も)

「星」を詠む歌を集めたら、気のせいかもしれないけれど、「骨」が詠まれるケースがなん

となく目に入ります。

すごく多いというわけでもないし、いろいろな組み合わせがあって当たり前なわけで、何の不思議もない。

ただ、この感じ。不思議なのではなくて、逆に「なぜか想定外ではない」感じです。

なぜか「星+骨」の取り合わせは〝あり〟だと感じられる。

「星」と「骨」のイメージを結ぶ細い連想脈があると思われます。

なんの連想脈かはわからないけれど、以下に、見つけた歌を全部アップしておきます。

なお、本日の闇鍋全データは 163046歌句
   うち短歌は      116415首 です。

2021年9月23日追記
以下の記述は8月24日のものですが、「骨」と「星」という組み合わせが「多い」のかどうか気になったので、検証してみたところ、数字としては多くも少なくもありませんでした。
ただし、この数字については興味深い点もあります。

■「星+骨」を詠み込んだ短歌


10首ありました。

海という藍に揺らるる長大な椎骨のさき進化の星くず
井辻朱美『水族』1986

星まみれの空があなたを奪っても私はきっと骨のない傘
笹井宏之『てんとろり』2011

鈴がなり河骨咲きぬおもひでになるまえのここ水惑星に
渡辺松男『きなげつの魚』2014

人骨の宝庫とならむこの星を思ふことあり雨後の蝉声
高野公彦『水苑』2000

ふえてくる星星のした人形のつめたい肋骨探っておりぬ
入谷いずみ『海の人形』2005(救命訓練四首のなかのひとつ)

水の星に真白き夢を遺しゆく身の奥に立つ骨というもの
岡貴子『闇のつばさに』2002

星ぞらに慟哭は充ち抛られし一ヶの骨のかく晒されて
桜木由香『連祷』2011

たたずみて人骨をみしやすらぎのいはむかたなし天の星流る
葛原妙子『朱霊』1970

げに晴夜 うしろ山の墓穴に骨片星と交信せり
葛原妙子『鷹の井戸』1977

宵の星古墳の上にあらはれて一ひらの骨ありと示しき
葛原妙子『をがたま』(未刊歌集:全歌集に収録)



★俳句も2句発見!


尾てい骨で坐る赤ん坊の星祭
榎本冬一郎

鎖骨から淋しくなりぬ星祭
森須蘭



葛原妙子を3首も見つけたのは偶然なのか、葛原の好みかはわからない。
が、他の人の歌を見ても「星+骨」という組み合わせは意外でなく、妙にしっくりきていないか。

身体部位を示す語は何にでも結びつくものですが、「星」とのこのしっくり感は何でしょうね。

軽々しく推測を言いたくないので、ここには何も書かずにおきます。


■じゃあ「星+肉」は?


3首ありました。少ないけれど、ちゃんと詠まれていました。


つひぞ肉体は国家にむかはざりまづ満天星の葉より冷えゆく
西王燦『バードランドの子守歌』1982

信じないことを誓って星は朝ねむる葡萄の肉色の空
穂村弘『シンジケート』1990

恋びとのうそと故郷の羊肉が星の散らばる新居に届く
雪舟えま『たんぽるぽる』2011




■じゃあ「星+血」は?


15首もありました。あらま、けっこうあるじゃないの。
最初は「星+骨」が目に入ったわけですが、それよりも「星+血」のほうが多かったんですね。

(「星」が「身体」と何らかの縁があることを嗅ぎ取ることができたのは、イメージ領域の探索経験によるカンだったけれど、ちゃんと検証することでもっとソナーの精度が増すのよね。)


血の色の星の影さす入海(いりうみ)に黑き帆の舟つと入り來たる
ルビ:入海【いりうみ】
森鴎外「明星」1908/1

てのひらにそれから汗にふたつから星のかたちの血が溢れてる
瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end,』2016

輸血の一滴一滴の星まもりつつつくづくきみは生きてゐてくれ
渡辺松男『雨(ふ)る』2016

銀碗は人血羮を盛るによしこの惑星にゐてなに惑ふ
塚本邦雄「短歌」1986/2 人血羮

血の壁がはがれくる昼ほとほとと星に獣のあしおと満ちる
佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』2006

生き物のいない星では出血が稀れだから包帯が足りなくて
我妻俊樹 @agtm_bot(作者のTwitterアカウント)

星月夜夜汽車走れり血走れり吉か不吉か近き夜明けは
佐佐木幸綱(出典調査中)

星空を楽譜だなんていう君の首の血を吸う蚊を見つめおり
江田浩司(出典調査中)

血のほかのなにかながれぬ 星月夜 眠りのふかき汝が掌を嗅げば
辰巳泰子(出典調査中)

聞かされる低血圧の弊害を星占いの次に信じる
俵万智『サラダ記念日』1987

他人の血流るる街を帰り来て「坊やは火星に亡命するわよ」
西王燦『バードランドの子守歌』

火星人から噴き出した血がどれも緑であるのは事実ではない
本多忠義『禁忌色』2005

星雲の途方もなさを思うとき血の通う身の惑いなど虚無
柴田瞳(出典調査中)

星もよく見えない眼だけど別にいい この眼は証、この血統の
後藤葉菜「かばん新人特集号」2015/3

泥酔の吾の瞳は澄んでいて喀血すれば星のあかるさ
江國凛(出典不明だがおそらくだいぶ前の「かばん」誌)



★俳句は1句発見

吸血鬼目覚めてゐたり流れ星
黒川俊郎「詩客」2012-10-26



いかがでしょう?
あなたも一首、または1句、詠んでみませんか?
本日はここまで。

追記
上にも書きましたが、

ぜひ御覧ください。

2021年8月17日火曜日

ミニ54 青い胸(+他の部位)

ピックアップ

駆けてくる髪の速度を受けとめてわが胸青き地平をなせり
永田和宏『メビウスの地平』1975

いにしへは鳥なりし空 胸あをく昼月つひに孵らぬを抱く
ルビ:孵【かへ】/抱【だ】
水原紫苑『びあんか』1989

たった一つの希いを容れた胸蒼くかたかたと飲むアーモンド・オ・レ
東直子『春原さんのリコーダー』1996

ふわふわの白いサソリを逃がしやるこの青穹㝫の胸のうちから
井辻朱美『クラウド』2014

群青の胸をひらいて空はあるかけがえないよさみしいことも
北山あさひ『崖にて』2014

自転車が走る不思議が降ってくるわたしの青く薄かった胸
山崎聡子『青い舌』2021

興味がおありでしたら、以下本編を御覧ください。


青い胸(+青い身体の部位)

「赤い顔」とか「白い目」とか、身体と色が結びつく表現があります。

「赤い顔」「青い顔」、「青い目」「黒い目」「白い目」など、多くは実際にある色を言います。
が、現実にはない「青い胸」(胸青く…等も)などの表現もあり、短歌ではときどき目にします。

よし、集めてみよう。

・魚などは除き、なるべく人間の身体と思われるものを選びました。
・「青」を好んで、効果的に使う作者がいます。同じ作者の歌が複数出てくるのはそのためです。


■青い胸(直接的)


駆けてくる髪の速度を受けとめてわが胸青き地平をなせり
永田和宏『メビウスの地平』1975

扇風機に青白き胸を吹かせおり去りたるものの跡形もなく
上野久雄『夕鮎』1992

いにしへは鳥なりし空 胸あをく昼月つひに孵らぬを抱く
ルビ:孵【かへ】/抱【だ】
水原紫苑『びあんか』1989

たった一つの希いを容れた胸蒼くかたかたと飲むアーモンド・オ・レ
東直子『春原さんのリコーダー』1996

ふわふわの白いサソリを逃がしやるこの青穹㝫の胸のうちから
井辻朱美『クラウド』2014

群青の胸をひらいて空はあるかけがえないよさみしいことも
北山あさひ『崖にて』2014

自転車が走る不思議が降ってくるわたしの青く薄かった胸
山崎聡子『青い舌』2021



「青い胸」って、十代のポエムっぽい純な感じだなあ、などと他人事のようにコメントしようとしたら、自分も書いていた……。

くんくんいう子犬を抱いて胸固く青くいっそう婦警たるべし
高柳蕗子『潮汐性母斑通信』2000


■青い胸2(間接的/青い空や海が胸に入る・同化する)


眼下はるか紺青のうみ騒げるはわが胸ならむ 靴紐結ぶ
福島泰樹『バリケード・一九六六年二月』1969

ねむりから醒めないロボット鋼青の胸うすぐもるように秋空
井辻朱美『クラウド』2014

鳥の見しものは見えねばただ青き海のひかりを胸に入れたり
吉川宏志『鳥の見しもの』2016

ラウル・デュフィの青い海はいま胸に沁むわが知らざりし生きるよろこび
小池光『草の庭』

取り外しできる胸なら青空にいま心ごと置き去りにする
小島なお『展開図』

胸郭に海を沈めた僕たちは息もわすれて群青のなか
入瀬翠「早稲田短歌」44号

胸郭に次の青空 手錠して凧あげている次の恋人
高柳蕗子「潮汐性母斑通信』


■胸に何か青いものがある


うら若き青八千草の胸の野は日の香さびしみ百鳥を呼ぶ
若山牧水『海の声』1908

胸のうちいちど空にしてあの青き水仙の葉をつめこみてみたし
ルビ:空【から】
前川佐美雄『植物祭』1930

人に示すあたはざりにしわが胸のおくどに青き草枯れてをり
葛原妙子『原牛』1959

抱擁をしらざるいもうとの胸のくぼみに青きレモンを置かう
喜多昭夫『青夕焼』1989

花ことば「さびしい」という青い花一輪胸に咲かせて眠る
俵万智『かぜのてのひら』1991

蒼いマフラー小さく胸におしこんで go went gone good good girl
東直子『青卵』2001 

うつしみを抱く蒼穹よ胸中に農鳥岳があれば帰らず
三枝昻之『遅速あり』2019

蒼すぎて傷つきやまぬ胸そこの深さよサファイアのかたき翳りよ
日置俊次『ラヴェンダーの翳り』2019


その他の部位が青い


身体の他の部位を「青い」と詠む歌もあり、集めてみました
「青い胸」ほど多くはありません。

●青い背

沼はあとから私についてきた。背なかが青くそまるのを感じた
前田夕暮『青樫は歌ふ』1940

鏡面に映る背骨と腰骨のあいだに羽の青痣を見た
鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016

いっしんに背骨は蒼く燃えながら何から逃れようとする線
大森静佳『カミーユ』2018


(背の青を詠む歌をみると、魚や爬虫類のことが多いようです。
「くさまくら父の背中に青空は逃散をやめぬ陽を吊る荒野(江田浩司)」のように、「青空を背にする」「背後の青空」を詠む歌はいくつもありました。)

●青い頭

 ・頭上の青空を詠む歌は多けれど、頭そのものが青いとする歌は見当たらなかった。

●青い腹

 ・「青い腹」は魚や爬虫類を詠む歌しかなかった。

●青い尻

 ・「青い臀」とか、さもありそうな気がしたけれど、ありませんでした。

●青い肩

・肩に青いものが触れる等の歌はいくつかあったが、「青い肩」はなかった。
 
肩の辺に青き昆虫が来てとまるやさしい季節もいつてしまふ
斎藤史(出典調査中)


●青い腕

青じろきながれのなかにひとびとは青ながき腕をひたうごかせり
宮沢賢治
(出典調査中)

・青銅は必ずしも青くないけれど・・・
青銅の腕に抱かるる一瞬の暗さのありて湖は暮れたり
ルビ:腕【かひな】/湖【うみ】
楠誓英『禽眼圖』2020


●青い手

がんばってるひとのうすあおい手のなかで 宙 銃声 レタスはじける
ルビ:宙【そら】
杉山モナミ

蕗の薹てのひら青む光さしたのしき土に遊ぶひととき
坪野哲久『北の人』1958

てのひらが青くてふっと立ちすくむいつからここは四階なのか
藤本玲未『オーロラのお針子』2014

風は舞台の奥より吹いて少女たち青い手足を夢につなげる
東直子「かばん」2001年12月

・青い手ではないが近い
うす青いゴム手袋のさきっぽがのびきってめちゃくちゃになれ、俺
加藤治郎『雨の日の回顧展』2008

・手が青いのでなく、青いものを手に持つ、青空に手をのばすといった歌はすごくたくさんあります。

●青い爪

足の爪赤く塗りたる姉むすめ青く塗りたる妹むすめああ
小池光『梨の花』2019


・人間じゃないけれど
薔薇の刺のやうなる青き爪研ぎて出でゆけば猫は深夜のけもの
真鍋美恵子『真鍋美恵子全歌集』


●青い指

指さきのあるかなきかの青き傷それにも夏は染みて光りぬ
ルビ:傷【きず】/染【し】
北原白秋『桐の花』1913

●青い足


「手」のところにも載せましたが、
風は舞台の奥より吹いて少女たち青い手足を夢につなげる
東直子「かばん」2001年12月


・足が青いものに触れる、青いものの上を歩く、青いものを履く、といった歌はたくさんありました。

足もとがふいにさみしい冬河の青にまみれて鉄橋わたる
杉崎恒夫(出典調査中)


●青い舌

青ざめし舌ひらめきてどろどろの影の背後に散る花粉かな
江田浩司(出典調査中)

いちまいのものすごく蒼い舌のように海が太陽をねぶっている午後
井辻朱美『水晶散歩』2001

真っ青な舌をみせあい笑ってたアイス・キャンデー溶けるのわすれ
ルビ:舌【べろ】
神﨑ハルミ(出典調査中)

ある日埃を喰らひし明恵【みやうゑ】その舌に紺鼠といふ錆たる青を
ルビ:明恵【みやうゑ】
林和清「短歌往来」2007年12月


・舌に青いものがある
根の国を泳ぎゆく人おもうとき舌先の塩にわかに青む
佐藤弓生(出典調査中)


●青い額

蒼ざめし額にせまるわだつみのみどりの針に似たる匂ひよ
若山牧水『海の声』1908

秋の空酒を顰めて飲む人の青き額に顫ひそめぬる
ルビ:顰【しが】/額【ひたひ】
北原白秋『桐の花』1913

●青い鼻

鼻そのものが青いという歌は見当たらなかったけれど、鼻に青いものがつく歌はありました。

流行の言葉に胡座をかいて危機 青いペンキを鼻につけてさ
江田浩司

尿せるわが鼻の先ぺつとりと碧とけむとして雨蛙ひとつ
ルビ:尿【いばり】/碧【あを】
稲森宗太郎『水枕』1930

●青い頬

あをじろき頬涙を光らせて
死をば語りき
若き商人
ルビ:頬【ほほ】/商人【あきびと】
石川啄木『一握の砂』1910

紅薔薇見し眼を移す白百合のそのうす青さ君が頬に見る
木下利玄(出典調査中)

月に引かるる女体の痛みはてもなし蒼白き頬の仮死者となりて
有沢螢『致死量の芥子』2000

憤怒というあかるい筋肉 群青の剥げのこりたる仁王の高頬
井辻朱美『クラウド』2014

●青い耳

しんきらり鬼は見たりし菜の花の間に蒼きにんげんの耳
河野裕子『ひるがほ』1975

橋落つるとも紫陽花の帆とおもうまで耳蒼ざめてはりつめていよ
正岡豊『四月の魚』1990


・耳に青いものがついている例

牧場より緑玉集め真空より青玉奪い耳に飾らむ
野間亜太子『額縁のない絵』1974

耳たぶに低く唸れる青い石よなんてさびしい人なのだろう
柳谷あゆみ『ダマスカスへ行く 前・後・途中』2012


●青い髪

わが家をふかく見おろす窓ありて趨る家族の髪蒼く見ゆ
ルビ:家【いえ】/趨【はし】
岡井隆『人生の視える場所』1982

青空の青に髪の毛染めたんだ? もう仲直りしなくていいんだ?
植松大雄

予言者の闇には時の星座あれ蒼き髪より蝶を発たしむ
江田浩司『メランコリック・エンブリオ』1996

青髪のおまえは星も凍る夜クラッカーより弾け生まれた
小林真実(雪舟えま)「かばん新人特集号」1998・2

黒髪が濃青(こあを)の髪に見ゆるまで夜深かりきあぢさゐの道
ルビ:濃青【こあを】
高野公彦『水苑』2000

●青い臓器

臓器を青いとする歌はとても少ないです。

・心臓
人間のはありませんでした。

狂い飛ぶつばめの青い心臓が透けてわたしに痛いのだった
大森静佳『カミーユ』


・肺

嬉々として芽生える思想幼くて海の碧さは肺につづけり
江田浩司(出典調査中)

片肺のその蒼い傘ぱっとひらく あなたの扉を忘れないでね
杉山モナミ「かばん」1999・5


・胃 ナシ

・腸 ナシ

 
やれやれ、今日はここまで。