ミニアンソロジーほどの歌数はない。
レア鍋賞ほど少なくもない……。そんな感じのときここに書いておきます。
2024年5月1日 海岸線という線
すごく詠まれていそうだと思って探してみたら意外に少ない感じがした。本日の「闇鍋」短歌データ128,830首中13首だった。 いろんな捉え方があるのが楽しい。少しピックアップ。
美しきかたちと思う忠敬の結びあげたる海岸線を
吉野亜矢『滴る木』2004
ゲームでは、攻略した場所だけ地図がはっきり表示されるし、達成することでキャラが成長する。伊能忠敬が地形を攻略していく能動的な明るさが感じられる。
神の手が海岸線をなぞるように男鹿半島はやさしく走れ
柴田瞳(出典調査中)
つまり実際の地形のなかにいて、鳥瞰した地形を思い浮かべながら、いわば、神の指先になって、体感として海岸線をなぞっている。この点に注目した。
渡辺松男『雨(ふ)る』2016
あたらしい少女はふるい雲には乗らない海岸線のある無人駅
山下一路『スーパーアメフラシ』2017
そのうえで、この歌の「海岸線」は、電車の「◯◯線」のイメージとも重なっているだろう。
この、海岸線の見える「無人駅」には、電車でなくて雲がくるのだ。
(そういえば、細長い列車のような形の雲もあるでしょ。)
そして、ホームにたつ「あたらしい少女」は、「ふるい雲」が来ても乗らず、自分にふさわしい雲を待っている。
そういう光景だと思われるが、いかが?
トンネルを数へつつゆく海岸線途中から海を数へてしまふ
小林真代『Turf』2020
楽しい歌であると同時に、こういうふうにいつのまにか目的を取り違えて突き進んでいることがあるなあという深読みも可能な歌だと思う。
海岸線長しかぎりもなく長し少年素手もて迎え撃たむとき
岡井隆『眼底紀行』
例えば、「父」や「大人の男」はセットである。少年はこれから、それら手強いものに立ち向かいながら成長せねばならない。
それとは別に、「少女」というのも、これから出会って関係を構築していくべき存在として、セットイメージとして機能する。
だから、普通はどちらかに絞り込む詠みかたをするわけで、この歌の「少年」が「素手にて迎え撃」つのは前者のほうか、と、いちおう思う。
相手は「迎え撃」たねばならないほど攻撃的みたいだし、同じ歌集に「父」が多く登場するからでもある。たとえばこれ。
しかし、この歌は、「少女」のほうにもかすかに連想の〝引き〟がある気がする。脳内を探ると、寺山修司の「海を知らぬ少女の前に麦藁帽のわれは両手をひろげていたり」がチラっと浮かんだ。この歌も解釈は多様だが、私は、「手を広げる」のは海の大きさを示す動作を思わせると同時に、「少女」への対応に不慣れで戸惑いがある雰囲気も含まれていると感じている。
春休み関節外し放しにて地図の海岸線を旅する
高野公彦『水苑』2000
学校の「春休み」は、学年の境目の何年生でもない期間で、身分の〝タガ〟が外れている状態である。その解放感を少し身体感覚にスライドしたのが「関節外し放し」だろう。その開放的脱力的な観念の身体感覚で、「海岸線」という海と陸の境目を、地図上で旅する。そういうことを詠んでいると思われる。
灰色の画面のなかに横たわる海岸線が病だという
木村友 第35回(2023)歌壇賞候補作「記念日」より
また、末尾の「だという」も重要だと思う。今まさにそのように説明されていること、心のリアクションがない段階、どころか、意味を理解する手前の段階の、実感のない事実である、ということが、この結句から推定されるからだ。
「海岸線」という言葉
1 視覚:海岸線と聞いて思い浮かぶのは美しい景色である。
2 体感:車窓から海岸線を見ながら走ると、目だけでなく体感でも感じ取れる。
3 抽象的な刺激
:海岸線は海と陸の境目である。海岸線は、そういう観念としての感覚も認識をくすぐる。観念上の刺激は、現実に海岸線を見たり、沿って移動したりする場合だけでなく、思い浮かべるだけでも、無意識な脳内に微妙な影響を及ぼす。
4 本能的な刺激
:また、海岸線は、海と陸との自然のなりゆきから生じただけのものだが、人間にはカタチに意味を感じる性質がある。(猫が動くものを追わずにいられぬような、本能に近い反応ではないだろうか。)線状のものに特別に惹かれ、想像をかきたてられ、ことさらに抽象化する傾向もあるとも思う。
2024年4月18日 ~のまにまに(随に)
「波のまにまに漂う」などと使われる「まにまに」は、
myデータベースで検索してみたら、128672首のなかの32首に使われている。
(ちなみに俳句は1句、川柳はナシだった。俳句川柳は短歌より総収録数が少ないとはいえこの差は大きい。)
●デジタル大辞泉
1 他人の意志や事態の成り行きに任せて行動するさま。ままに。まにま。
2 ある事柄が、他の事柄の進行とともに行われるさま。…につれて。…とともに。
●学研全訳古語辞典
①…に任せて。…のままに。▽他の人の意志や、物事の成り行きに従っての意。
②…とともに。▽物事が進むにつれての意。
●見え隠れするような感じ。
例えば、「ボールが波のまにまに漂う」には、波まかせという意味に加えて、擬態語的な効果もある。波の意のままにゆらゆら漂う感じや、波の間に見え隠れするかのような視覚効果が。
大塚寅彦 『ガウディの月』2003
北山あさひ 「詩客」2013年9月27日
加藤克巳『游魂』
佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』 (現代短歌クラシックス04)
霧のまにまに釣り人みえしぬまべりに霧晴れたれば釣り人をらず
渡辺松男 『時間の神の蝸牛』2023
斎藤茂吉『ともしび』
天道なお『NR』2013
北原白秋『風隠集』1944
塚本邦雄「短歌研究」平成8年11月
稲葉京子(出典調査中)
斎藤茂吉『あらたま』
森岡貞香 『百乳文』
冬山の寺の木ぬれになつめの實はつかに殘り鳥のまにまに