2021年9月29日水曜日

ミニ56 短歌の中で舌ですること

 「舌ですること」というと、人それぞれに想像をすると思いますが、短歌のなかではその想像を超えることをする場合があるみたい。

「舌で」という文字列で検索しました。
(舌で何かする内容であっても、「舌で」と書いていないものは見つけられません。)


舌で空に字を書く

銀河系から脱皮せよ「さよなら」の「さ」と「よ」と「な」と「ら」舌で書く空
千葉聡 『微熱体』2000

なきがらを転がす

幾億のなきがら舌で転がしてうみはひろいなおおきいなって
國森晴野『いちまいの羊歯』』2017

金星を指す

眼をとじて耳をふさいで金星がどれだかわかったら舌で指せ
穂村弘 『ドライ ドライ アイス』1992

シャッターを押す

シャッターを舌で優しく押す甘さどんな射精も叶ひやしない
山田航『さよならバグ・チルドレン』2012

占う

……ではないか 君!荒涼とした舌で明日を占う若き死者たち
江田浩司(出典調査中)

まつげをはじく

たべられます。たべられません。みえません。舌で弾かせた睫毛のふるえ
鈴木有機 「かばん」誌 時期不明(もしかすると「創作」というペンネーム)

約束を交わす

約束は曖昧なまま交はされるブルーハワイに染まつた舌で
結樹双葉「早稲田短歌」44


そのほか
(舌の使いみちとしてはあまり意外ではないもの。
 むろんそのことは、歌の評価とは関係ありません。)

ぐらぐらの奥歯を舌でもてあそびポロリと取れたあの日の感触
武富純一『鯨の祖先』2014

愚かなかみなりみたいに愛してやるよジンジャエールに痺れた舌で
穂村弘『シンジケート』1990

がらんどう 舌でさぐれば――恋はあった――あめのけはいのうすくらがりは
佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』2015

ふたりして逃げる 丘まで ふくらはぎ舌でたどって行き止まりまで
野口あや子 『眠れる海』2017

くちびるを舌で湿(しめ)して教室に入りゆく時の我を知らゆな
高野公彦『水苑』2000

舌でなぞる形も味もあなたは知らない
わたしにはこんなになつかしいのに
林あまり『ベッドサイド』1998

食べますと言いつつゆっきは口にしたトマトを舌で転がしたまま
本多忠義『禁忌色』2005

緑なる舌でいとしむ頬のごと縮んで伸びる花の夕影
野間亜太子『額縁のない絵』1974


ほかに、

昏睡の瞼の上に放火魔が舌で結んだチェリーの茎を

というのもあって、たぶん作者は穂村弘だと思うんですが、いま確認する暇がなくて・・・すみません。


俳句では、以下をみつけました。

とりあえず舌で受け取る牡丹雪
原田浩佑 第 4回芝不器男俳句新人賞 応募作品 坪内稔典奨励賞

あかんべの舌でひとでを創られし
小津夜景 『フラワーズ・カンフー』

舌で押す扁桃腺や春の星
牟礼鯨「詩客」2018-04-14

村人の舌で刺された父はサルビア
西川徹郎(出典調査中)

2021年9月23日木曜日

満63 すべてに通じる骨・血・肉

先日、「星」と「骨」「血」「肉」の組み合わせに注目してみたのですが、
それを書きながら、
「星」との組み合わせという切り口だけでなく、人体を構成する要素である「骨」「血」「肉」が短歌にどのぐらい使われていて、他の要素との結びつきはどうなのか、
という検証をすべきではないか、と思えてきました。

数値でできることはさっさとやっちゃいました。

あとから続編を書き足していくつもりです。


■短歌に骨・血・肉を詠み込む割合


右の図は、私の手持ちデータ(近現代短歌117,728首)の中で、「骨」「血」「肉」という語を含む歌の割合です。

 単位はなんだか原始的ですが%です。(もっとかっこいい統計の方法を使えればいいのですが、私にはよくわからないし、さほど厳密な話ではなく、ざっと比べるだけで用が足りますし。)


ご覧の通り、「骨」「血」「肉」の頻度はそう変わらず、どれもまあ200首あれば1、2首あるか、という高確率で用いられています。
歌の題材として、かなり重要なものと言えます。

■「骨+?」


 では、他の要素とのセットではどうなのか。

 まずは「骨」。

このグラフの見方はちょっとむずかしいのですが、

例えばグラフのいちばん上の
「骨28首/海3463首 0.81%」
とは、

「海」という語を詠み込んだ歌は3463首ある。
その中に「骨」を含む歌は28首あり、それは「海」の歌の0.81%にあたる。

ということを意味します。

「海と骨」といえば「秋の暮大魚の骨を海が引く」(西東三鬼)だけど俳句だ…。

 セット要素は、海、空などの基本的要素に加えて、人工物として「電車・列車」、地名として「東京」、抽象的なものとして「夢」なども加えてみました。

※「東京」は385首、「電車・列車」も637首しかなかったので、統計としてはあまり信用できません。

基準となる「全短歌」の骨率(「骨率」って変だな。笑)は、グラフの棒の色を変えて強調してあります。

どういう話題でも「骨」が出て来ているらしくて面白い。
「空+骨」「星+骨」はすでに取り上げましたが、他のセットも、どんな歌なのか読んでみたくなりませんか?
数が多いので今日はできません。すこしずつまとめたいと思います。

今日は、希少価値という意味で、骨率の少ない「夢」と「電車・列車」から1首ずつ紹介します。

肩甲骨だって翼の夢をみる あなたはなにをあざけりますか
虫武一俊『羽虫群』
遠くみゆる鉄橋を電車過ぐるなり暮れゆけば骨笛のやうなる電車
鎌倉千和『薔薇感覚』

■「血+?」

「東京」を詠む歌では、「血」率(笑)がだいぶ高いのですが、「東京」を詠み込む歌自体が少なく、該当歌もたった4首です。

 2番目の「青」の歌(手抜きして「青」という字を含む歌だけ抽出。靑、蒼、あお、あをなどの異なる表記は含みません。)は、3千首を超えていますから、その1%近くに「血」が詠み込まれているのは、なんとなく気になります。どんな歌なんだろう?

いやいや、それはこんどのお楽しみ。

ここでは希少な「街・都」と「雨」から1首ずつあげておきます。
(希少だけど歌数がけっこうあって、選ぶのがつらい……。岸上大作の超有名な歌を避けて…これいかが?)

霧雨に洗わせている血の眼 薬のように言葉を吐くな
二三川練『惑星ジンタ』2018

砂というよりも乾きの降る街を帰れば鼻に血の熱さかな
千種創一『砂丘律』2015

■「肉+?」


全体の0.6%に詠まれている「肉」ですが、今回設けたセット要素はどうもハズレみたいで、なんだか少なめです。大ヒットするような要素がきっとあるのでしょう。

気になるので、ちょっと追加で調べてみました。が、
「夜」34/6810:0.5%
「春」13/3842:0.34%
「夏」15/2929:0.51%
「秋」10/2588:0.39%
と、空振りばっかりでした。

時間のある時に腰を据えてやらなきゃだめみたいです。

ここではトップの「光」との組み合わせがちょっと気になりますね。光と肉……。

でも、今日は、特に希少な「街・都」と「電車・列車」から1首ずつにしておきます。

冬の街あるいてゆけば増強された筋肉みたいなダウンジャケット
永井祐『広い世界と2や8や7』2020

昼の列車に暖房ゆるくかよひつつ時間の果肉ならんか人は
小島ゆかり『憂春』2005

以上