〈空+骨〉の歌ピックアップ
ランボーはむかしいもうとの妻であり青空を統べる骨ひとつあり
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』
仲秋のそらいちまいの群青にわが骨はみな折れてしまふよ
ルビ:群青【ぐんじやう】
永井陽子『なよたけ拾遺』
憂鬱な空と思って見てたのは、いいえ私の頭蓋骨です
松村正直 『駅へ』
空間のふちよりあらわれ健康な青を分泌する凧の骨
井辻朱美『クラウド』
孤児がうつくしいのは遺された骨組みから空が見えるからです
笹原玉子 『南風紀行』
* * *
お時間ある方は以下もどうぞ
空と骨はどうして結びつくのか
短歌のなかで、「空」と「骨」は、やや付きやすい題材だ。
何らかの連想脈で結ばれていることは確かみたいなので、そのファクターを考えてみた。
へそ曲がりなので、以下、そのファクターをわかりにくい順にあげていく。
ファクター6 骨の培養
というわけで、いきなりすごくレアな例だが、骨を空で培養して新たな世界を作る、という発想が可能であると思う。
ランボーはむかしいもうとの妻であり青空を統べる骨ひとつあり
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』
「ランボーはむかしいもうとの妻であり」というぶっとんだフレーズは、何がぶっとんでいるかというと、ランボーが誰だとか血縁関係がどうだといった通常のものごとの理解に必要な要素が完全に混乱するほどに、この現実からぶっとんでいるのだ。ぶっとんでぶっとんで、はるかに遠ざかった時空の話をしていると思う。
※作者たちはほとんど意図していないが、その〈青〉等のイメージの説明はけっこう複雑だ。『青じゃ青じゃ』で詳説した。
骨は、魂も血肉も失せたあとに残るものだし、また、骨といえば、アダムの骨からイブを作った、という話がある。 そのことがかすかに連想をひっぱって、青空に骨といえば、いったんほろびたものの欠片から、〈青〉や〈青空〉が培地となって、超越的なスパンで何か新たなものが培養されるイメージになりえる。
この歌の骨は、いま何かになるべく培養中であり、すでに「青空を統べる」存在であることから、新しい世界の芯になるものらしい、という方向に、想像を少しプッシュするのだ。
ファクター5 空と骨はなぜか親和性が高い
「なぜか」なのに「ファクター」と呼ぶのは変だけれども。
そもそも空と身体には複雑な連想脈があるらしい。これはデータベースで検証できる事実である。
〈空〉や〈青〉の歌を集めてみると、近年、空と身体を結びつけて詠むようになってきている。※
※例証は長くなるからここでは省略する。既刊『空はともだち?』に書いた。
そして、なぜか身体の中でも特に「骨」は親和性が高い。なぜか該当歌がたくさんある。多くの歌人が折に触れて詠んでいる。
後述のファクターが絡んでいるかもしれない。
仲秋のそらいちまいの群青にわが骨はみな折れてしまふよ
ルビ:群青【ぐんじやう】
永井陽子『なよたけ拾遺』
秋空は骨の触れあう音ひびき長く日本の国に棲みおり
佐伯裕子『ノスタルジア』
姥捨山へ骨をひろひにゆかむかななべてひろはむ吾は蒼穹となり
渡辺松男 『雨(ふ)る』
ガウディの仰ぎし空よ骨盤に背骨つみあげわれをこしらふ
春野りりん『ここからが空』
空はいつわたしへ降りてくるのだろう言葉の骨に眩みゆく夏
大森静佳『てのひらを燃やす』
ローリエの樹下にわが骨埋めゐる夢から覚むれば燕翔ぶ空
徳高博子『ローリエの樹下に』
ヒトラーの頭骨の穴想うとき十勝の空ののっぺらぼうめ
松木秀『5メートルほどの果てしなさ』
そらに伸べし長き頸骨ふと折れなば傷ましき白き鶴と思へり
葛原妙子
はゞたける空あるやうにひらきをる貝殻骨の ゆふかたまけて
川崎あんな 『あんなろいど』
ファクター4 フラクタル※構造的な把握
※幾何学の概念。部分の構造が全体の構造と相似になっている。
人体と天地が相似のフラクタル構造になっているというふうになんとなく感じているらしい歌がある。
たとえば天蓋と頭蓋の相似。骨壷も天地や頭蓋とフラクタルで把握される場合がある。
憂鬱な空と思って見てたのは、いいえ私の頭蓋骨です
松村正直 『駅へ』
骨壺の空間埋めてみつるものあらば光りあふことばなるべし
尾崎左永子 『星座空間』
遺骨箱のきよき空白子の骨を呑みてしまいし母にあらずや
玉井清弘 『清漣』
ファクター3 死生観
骨は、身体から魂が去り、血肉が地に還ったあとに残る究極の姿であり、すべてお返ししましたというように空のもとにさらされる。
わりあい自然な連想だと思うので、そういう素朴な死生観から、空と骨が結びつくことがあると思う。
たたずみて人骨をみしやすらぎのいはむかたなし天の星流る
葛原妙子 『朱霊』
孤児がうつくしいのは遺された骨組みから空が見えるからです
笹原玉子 『南風紀行』
骨というのは、生物として初期化された状態とも言える。
骨を地中に埋めればさらに分解されて吸収されるが、もし空に置いたら……、という連想があり得る。前述のファクター6はそういうところから生じ得ると思う。
ファクター2 空とセットで目に入る骨
日常の場面で骨は空とセットで目に入ることがあるので、いっしょに詠まれやすい。
骨と言っても、動物の骨でなく、凧や傘の骨、建築物の鉄骨等だ。
そういう比喩的な意味の「骨」は、本物の「骨」への連想をちらっと促す。
空間のふちよりあらわれ健康な青を分泌する凧の骨
井辻朱美『クラウド』
天日干しのふしぎなさかな 骨ほそき六角凧がクリックする空
井辻朱美 『クラウド』
星まみれの空があなたを奪っても私はきっと骨のない傘
笹井宏之 『てんとろり』
いず方より援けは来るや夕空に吊りあげらるる鉄骨ひとつ
杉﨑恒夫 『パン屋のパンセ』
ファクター1 飛行機雲や稲妻を骨に見立てる
空には骨に見立てたくなる雲や稲妻がある。
空の骨ときおりみせて全域は大雨警報 闇よびよせる
青柳守音『風ノカミ』
白い骨に見える日がある雲のない空を音なくすべる飛行機
山本夏子 『空を鳴らして』
巻雲の鰈の骨の透きとおり天とはつくづく遠いところ
杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』
青空の発掘現場 翼竜のかぼそい骨を接ぐ飛行機雲
井辻朱美 『クラウド』
ファクター1はたしかに似ているし、ファクター2は事実だ。
だが、それだけではなく、それが前述のファクターのようにイメージの深層に迫る感じを伴うからこそ、〈空+骨〉はしばしば歌に詠まれるのだろうと思える。
いかがでしょうか。
追記:〈空+骨〉の縁が強いのは短歌だけ
俳句川柳でも〈空+骨〉の縁が強いのかどうか気になったので調べて表にまとめた。
以下の通り、縁が強いのは短歌だけみたいである。
短歌では、「骨」という文字を含む短歌のうち、「空」という字も含むのは4.4%だ。
約23首に1首ある。
俳句では1%にも満たないし、川柳でも1%ちょっとである。
歌人は気づいていないだろうが、〈空+骨〉のイメージは、短歌というジャンルの中でいまひそかに慈しみ深く育てられいるのである。
すごいだろすごいでしょ。
現代詩はデータがないので調べられないが、どうなのだろう。
追記2 入力と出力
短歌を詠むという行為には、入力と出力がある。
短歌はいますごく健全に入出力が盛んで、バランスもとれていると思う。
出力とは
作者の考えや心情等を出力するものである、という点で、短歌は「出力」である。
入力とは
一方、歌を詠むということは、短歌の言葉の世界に「用例」を加えることである。
ここではこのことを「入力」と呼ぶ。
「入力」については、作者は無自覚・無意識である。
いま短歌では出力だけでなく入力も盛ん
ほとんどの人は「出力」したいから詠む。つまり「出力」は、単純かつ自然な表現欲求であって世話がやけない。
重要なのは、短歌では、いま「入力」が盛んであることだ。
「入力」については、作者たちは無自覚・無意識だし、人間側の意志でどうなるものでもない。人間側が意図してムーブメント起こしたとしても、言葉の側が受け入れなければ「入力」されない。
この〝なりゆき〟というものは、人間側の意志でなく、そのジャンルの言葉側の〝意志なき意志〟のようなものである。
(意志ではないから〝なりゆき〟と呼んでいる。)
そういう〝なりゆき〟があるから「入力」が受け付けられる。言葉の側の〝意志なき意志〟が、新たな用例として意味を認め、イメージが蓄積したり成長したりするのである。
上記の〈空+骨〉のように、何かが結びついて独自ののイメージを醸成するというのは、そうした〝なりゆき〟が働いている一例である。
成果が積もらない、なんてことがあるのだろうか
他ジャンルにも、こうした〝なりゆき〟作用があるはずで、少なくとも、大勢の人が気軽に詠んで作品が大量に作られるようなジャンルのほうが効率が高いだろうから、俳句と川柳にも、〝なりゆき〟作用による成果があるだろうと思う。
〝なりゆき〟説という私の仮説が正しいなら、
そのジャンルの〝なりゆき〟がなければ、作品が書かれても書かれても、その成果は積もらない、ということにならないだろうか。(どうかなあ。)
だとしたら、これはこれで怖いことだ。
しかし、人間側の「出力」欲求だけで作品がただただ大量生産され、言葉側の〝意志なき意志〟である〝なりゆき〟がないまま何も蓄積しない、なんていう停滞状況はあり得るのだろうか。まさかね。
それに、「〝なりゆき〟がなければ、作品が書かれても成果は積もらない」と決めつけるわけにもいかないだろう。
ジャンルの維持成長には別のファクターもありえると思う。
関連するコレクション
ふれたん 空の短歌コレクション
あなたの空はどんな空?
空の短歌を好みで百首集めたコーナーです。
(鑑賞コメントなし。2021.4.23公開)
(鑑賞コメントなし。2021.4.23公開)
0 件のコメント:
コメントを投稿