2024年10月27日日曜日

ちょびコレ36 △△という字が◯◯に見える など

  「ちょびコレ」とは、

「ミニアンソロジー」というほどの歌数はなく、
「レア鍋賞」ほど少なくもない……、
そんな、ちょっとした短歌コレクションです。

のつもりなのですが、今回、歌数がすごく多くなってしまいました。


馬の字は馬に似て見え牛の字は牛と見え来る文字のフシギ
ルビ:文字【もんじ】
奥村晃作

■◯◯が△△という字に見える/△△という字が◯◯に見える


文字の形はときどき何かに似て見える。逆に、何かが文字に似ていると思うこともある。

そりゃあ象形文字だから、似ていて当たり前、という場合もあるが、意味などに全く無関係に似ていると感じる場合もあって、それを歌に詠むということがけっこうある。

「無関係なものに類似点を見出して、そこになんらかの意味、情趣などを見出す」というのは、人間特有の能力であり、思考の娯楽のようなものではないだろうか。


砂浜に残る足跡 その全てがもしももしもという字に見える
土居文恵「かばん」202410


溶けだしてしまったソフトクリームは舌を@の字に動かして食う
千葉聡『微熱体』

文字盤の数字は虫に見えるけど おはようわたし おそらく朝だ
兵庫ユカ 『七月の心臓』

長距離を走り終えたる少年のひざVの字をさかさまにして
俵万智『かぜのてのひら』

きれいなものからきりはなされてあたしYの字ぱちんこどこへやったろう
飯田有子『林檎貫通式』

土壁の「キ」と「サ」と「キ」など月影に静かな蜥蜴写字生に似て
雨谷忠彦「かばん」200112

雀のようなタイの文字よいっせいに飛び立つときを待っているのか
ルビ:文字【もんじ】
俵万智『チョコレート革命』

人あまた乗り合ふ夕べのエレヴェーター枡目の中の鬱の字ほどに
香川ヒサ 『テクネ―』

四季を知りプールの底のⅠの字が魚影に見えなくなって それから
櫻井朋子『ねむりたりない』

山といふ字を書けば山が見えて來る故郷の山の白いかなしさ
前川佐美雄 『白鳳』

火の色の虹を見ていた『戦争と平和』の「と」の字のようにしゃがんで
千葉聡「かばん」200112

安寧はひとになじまずほのぐらい空にくの字の雁になりたい
井辻朱美『クラウド』

モノリスを脱いでもYMCAのYの字の人似のポーズです
鈴木有機「かばん」200112

パソコンに打ち出されたるQの字が風船にしか見えない 眠い
松木秀『色の濃い川』

コバルトのとかげ現れ陽を返すÇのお前のシッポセ セディーユ
杉崎恒夫『パン屋のパンセ一』

NZNZNZN(風に吹かれて転がってます)
龍翔 『Delikatessen/Young,Cute』

いじめには原因はないと友が言うのの字のロールケーキわけつつ
江戸雪『百合オイル』

行く春の固定電話がなつかしいコードをのの字のの字に巻いて
田村元『北二十二条西七丁目』2

しまいには四百四病にも死にも飽きシーツの皺も「し」の字の寝台
高柳蕗子『あたしごっこ』あいうえおごっこ



★特設 川の字

川の字の家族をつつむ梅雨ふかし水に流せぬくらしのくらし
三枝昻之 『太郎次郎の東歌』

川の字で眠ればそこが故郷か遠くの角で鳴るクラクション
法橋ひらく 『それはとても速くて永い』

ほの昏き昭和の森でちちははと川の字になり寝ねし日々あり
笹原玉子『われらみな神話の住人』

子と我と「り」の字に眠る秋の夜のりりりるりりりあれは蟋蟀
俵万智『オレがマリオ』

たどりつく岸辺はしらねどわたしたち川の字に寝る。遠くまでゆく
笹原玉子『われらみな神話の住人』



戀という字を分析すれば 糸し糸しと言う心

妾という字を分析すれば 家に波風立つ女

■分解系

文字を分解するなどして意味を見出し、暗記や字謎のために七五調にまとめる、ということがある。上記のようなものとしては「櫻」は「木の横の二階(二貝)の下に女かな」と覚える。(「桜」なら「木の横に三本角の女かな」と覚えればいい。)

上記の例ほど厳密ではないが、文字分解を含む歌はけっこうある。

閂の門の真ん中一の字にぶらさがってまずは懸垂
久保芳美『金襴緞子』

鰆きて夏はどうした鰍きて夏はどうした鮗がきた
吉岡生夫『草食獣 第八篇』

木の下にあれば杳たり木の上にあれば杲たりめぐる日輪
吉岡生夫『草食獣・第四篇』

草かんむりを載せてこの世をわたりゆく母が苺となる夏の朝
荻原裕幸『永遠よりも少し短い日常』

取るの字は耳を取るの意 月光のしじまの中に耳取られたり
伊藤一彦『月の夜声』

冷タイダケノ弁当ヲ食フ 父トイフ字ヲ冠ツタヲノヲ樹ニサシタママ
小笠原和幸 『馬の骨』

目と耳と口失ひし王様が『聖』といふ字になった物語
九螺ささら 『神様の住所』

毒といふ文字のなかに母があり岩盤浴をしつつ思へる
春日井建『井泉』

零の字が雨かんむりであることの火葬場の上へふりそそぐもの
松木秀『RERA』

大の字に一加うれば日曜にほうけ居眠る夫となるらん
小高賢『三十一文字のパレット』より

君の口うばいし癌の文字にくし三つの口をみせびらかして
関根和美『三十一文字のパレット』より

さびしくて絵本を膝にひろげれば斧といふ字に父をみつけた
大村陽子『砂はこぼれて』

いつにても切り岸こころ緩むなと凶を抱かせて胸の字ありや
蒔田さくら子『標のゆりの樹』

<愛>といふ文字の心の位置にあるハンバーガーのハンバーグ食む
大塚寅彦『夢何有郷』

「盥」とは両手で水を掬ふ皿その字思ひぬ人を待つとき
高野公彦『天平の水煙』

「胸」という字の中の×を書くときに力を込めてしまう日もある
島本ちひろ 『あめつち分の一』

「愛」の字の中にたくさんヽがある 書き続ければいつか芽が出る
ルビ:ヽ【タネ】
詞書 この世で一番みじかい愛の詩は/愛/と一字書くだけです 寺山修司
千葉聡『微熱体』

夜の虹のかがやきわたる草のうへ文字に還るうつしみわれは
ルビ:夜【よ】 文字【もんじ】
水原紫苑『客人』

片仮名のトの字に一の引きようで上になったり下になったり
落語/蕎麦の殿様

■その他の文字ネタ


蟲の字がほどけてゆくまでマブシイをしばらく感じているのはいいこと
杉山モナミ 「かばん」2016・4

鬯鬯鬯鬯と不思議なものを街路にて感じつづけてゐる春である
荻原裕幸『あるまじろん』

秘密めく昼の読書は鍵穴がまなかにみえる壺の一字に
野田かおり 『風を待つ日の』

選択肢二つ抱えて大の字になれば左右対称の我
俵万智『サラダ記念日』

青春という字を書いて横線の多いことのみなぜか気になる
俵万智『サラダ記念日』

整然と並ぶ机の隙間には無数の十字架(僕には見える)
山田航『水に沈む羊』

丈たかき斥候のやうな貌をしてfが杉に凭れてゐるぞ
ルビ:斥候【ものみ】 貌【かほ】 f【フォルテ】 凭【もた】
永井陽子『ふしぎな楽器』

小の字になって眠れば父よ母よ2003年宇宙の旅ぞ
穂村弘『水中翼船炎上中』

而而而而而泣いているのは私?いえ二〇三のリビングルーム
天道なお『NR』

指の字はひょうめんせきがひろいだけ心の字よりはやく冷えてけ
鈴木有機「かばん」200406

午前中のんびりしていた文字たちはとつぜんたたみいわしとなりぬ
杉山モナミ ブログ「b軟骨」2011/9

記帳して「吉岡生夫」その生はシンメトリーをはつか乱しぬ
吉岡生夫『草食獣・第四篇』

漢字を知らぬ人の前にて腕を組むわれは漢字のごと見えるらし
惟任将彦 『灰色の図書館』

仮名文字に似る雨と聞くこの国の文字【もんじ】は千の象の隊列
天道なお『NR』

ゆっくりと浮力をつけてゆく凧に龍の字が見ゆ字は生きて見ゆ
岡井隆『鵞卵亭』

みらみらと梵字ながれてゐたりけりすきとほるここはいづこのきしべ
渡辺松男『時間の神の蝸牛』

まるで蚯蚓のやうな字体にも孫が見え隠れして揺るるこころよ
田中富夫『曠野の柘榴』

パズルにはpuzzleの綴り まんなかのふたつのzに腰かけてゐる
小田桐夕『ドッグイヤー』

のぎへんのノの字をひだりから書いてそれでも秋のことだとわかる
山階基『風にあたる』

ねねねねねねねねねねねねね っていう文字が段々 ぬ に見えてくる
龍翔 『Delikatessen/Young,Cute』(発行所・年月不明)

コンビニまでペンだこのある者同士へんつくりになって歩いた
傍点:へん つくり
千葉聡『微熱体』

いろは坂君は器用にカーブして「り」の字あたりで見つめ合いたい
柴田瞳「かばん」200212

いの字からろの字を書きて歩きをり酔つてはをらぬとまたろの字書く
椎木英輔『らんぱんうん』

Vの字をみてるとすべりおちたくなる挟まれたくなる なぜ、からだなの?
杉山モナミ  作者HP

Vの字が頭上に解けて降り始む鶴らは夕べの空戻り来て
三平忠宏『出向』

むの字には○がありますその○をのぞくと見えるえんどう畑
坪内稔典『豆ごはんまで』

Sの字のするりと解けて光りつつ青い蜥蜴は草むらの中 (井の頭公園 )
入谷いずみ『海の人形』

「どう元気? こっちは凹を見間違い♡と思うほどに順調」
伊舎堂仁『トントングラム』

〈終〉の字がせり出して来る小津映画〈冬〉の最後の点が上向き
大松達知『ゆりかごのうた』

美しいといふ字のかきだしはひだりうへからそれもそつとそつと
平井弘『遣らず』2021

※この歌、解釈はいろいろあると思うが、私は、うっすら人をなぶるところを連想しそうになる。「美」という字には「人」がいて、縛られているようだし、「ひだりうえからそっと」というところが、ひらがなのせいもあって、スローモーションで殴るような感じがするためだ。


■俳句川柳


俳句

雪の朝二の字二の字の下駄のあと 田捨女

さおしかのしの字に寝たる小春哉 小林一茶

「母」の字に最も近きが「舟」よ月明 折笠美秋『北里仰臥滴々/呼辭記』

靴下がくの字に吊られクリスマス 阿波野青畝(出典調査中)

クローバが鬱の字ほどに込み合える 佐藤成之『超新撰21』

Vの字の先頭重く雁帰る ドゥーグル・J・リンズィー 『超新撰21』

川柳

子が出来て川の字形に寝る夫婦 古川柳

子沢山州の字なりに寝る夫婦 古川柳

燕は梵字のやうに飛んで行 古川柳 『誹風柳多留』

鬱の字を縞馬のむれ通過中 倉本朝世

白夜行 百物語 自傷の樹 吉澤久良 短詩ウェブサイト「S/C』