花子「ふふん。」
司会「えーー、まあ、いろんな意味で[おっぱい]は絶対のもの。抗いにくい。
でも、だけど、攻撃的な強さではなくて……。」
携帯を投げつけたことありますか母はおっぱいを揺らすだけです
染野太朗 短歌WAVE 第1回北溟短歌賞発表号
司会「[母]はそういう衝撃を[おっぱい]で吸収しちゃいます。
[揺らすだけ]という表現もすごいですねえ。いかにも無力そうな悲しみも感じさせつつ、子どもを抱いて揺らしてあやすイメージと、暖簾に腕押しのイメージがまじりあってて……。」
アシ「そういえば、川柳に、
どうするか見よとおふくろどうもせず
という句があると思います。
調べても見つからないので、落語で聞いたのかもしれません。」
花子「けけけ、わかってないわね。それは、息子娘族を手なづけるときの、おふくろ族の手口なのよ。」
司会「え?」
花子「そして、息子娘族も逆に、そういう扱いやすいおふくろ像をおふくろに押し付けようとたくらんでいる。
いいこと? 哺乳類は、生まれたとたん授乳という[おっぱい]による支配がはじまるのよ。
自覚してないでしょうけど、生まれつき[権力]のキヅナで結びつく種族なの。
そのキヅナの確認として[お手]ごっこをお互いにやってて、それを愛と呼んでるのよ。」
司会「母や親子のイメージを汚さないでほしいな。鱶助くん、君のペットはひどくひねくれてますね。」
鱶助「花子ちゃん、私の愛くるしいサブキャラちゃん。はいお手!」
花子「鱶助ちゃんも、お手!」
司会「あーもう、おまえら哺乳類じゃないだろうが。次行こ、次。」
おっぱいのこと考えて一日が終わる今日は何曜日だっけ
俵万智『プーさんの鼻』2005
司会「はて? 一日中考えて曜日も忘れるほどおっぱいが好きな人なんでしょうか?」
アシ「いやいや、この歌単独ではわかりにくいけど、これは母親。出産後の授乳にあけくれる時期を詠んでいると思いますよ。昼夜なく2,3時間おきに授乳しなきゃならない。曜日もカンケーない。
子は乳を求め、母は授乳という役割に拘束される。--このことは、花子さんの言う相互的支配の絆にあてはまりそうです。
なお、同じ歌集にこういう歌もあります。
おむつ替えおっぱいをやり寝かせ抱く 母が私にしてくれたこと
俵万智『プーさんの鼻』
司会(アシさんて、もしかして女性? 聞かないほうがよさそうだが。)
花子「だからさー、そういうふうに、ほにゅる、おふっ、うぐぐ……」
(司会が花子の口を押さえている。)
司会「では、次の歌。」
真昼のような青い夜空だ あの人にそうだなおっぱいをあげたいな
雪舟えま『たんぽるぽる』2011
花子「ほらきた。これは完全に[お手]で、うぐぐ……」
(司会が花子の口を押さえている。)
司会「言われてみれば、支配と愛は紙一重。[おっぱいをあげたい]っていうのは、[あの人]を母性的に愛すという意味でしょうか。
[真昼のような青い夜空]っていうのは、夜だけど、普通の暗い夜じゃなくて、明るくてさわやかで、鱶助くんを真似れば、秋空のように健全、っていう隠し味じゃないかな。
あ、だから、恋人っていう気分じゃなくなって、[そうだな]と、空と心で会話するようなワンクッションがあり、[おっぱいをあげたいな]と思ったんでしょうか。
これは単なる母性の歌じゃないですね。」
どこにでも火は点くことをおっぱいに大の字書いて大文字山
佐藤弓生『眼鏡屋は夕ぐれのため』
司会「うーむ、[おっぱい]は山に似ていますね。
で、大の字を書けば大文字山になる。→大文字焼きみたい。
と、そこまではつながったんですが、[どこにでも火は点く]っていう飛躍は追いきれません。」
鱶助「それについては、最近ちょっと気に入っている鑑賞術、アンドゥ・リドゥ(undo・redo)を試してみたいのだが。」
司会「なにそれ。」
鱶助「私が名付けた読解術だ。
歌を、完成状態になる前の、イメージがちらかった状態までアンドゥし、リドゥしてみる。」
司会「まあお手並み拝見。」
鱶助「では、[どこにでも火は点く]に至る前までの歌の思考を辿ってみる。
・[おっぱいに字を書く](この時点ではいたずらだったかも)
→[山に字を書く]→[大文字焼き]→[点火]
この過程で、
・[身体のどこにでも字が書ける]という連想脈が派生する。
また、隠し味的に、呪術系イメージも強まる。
呪術系=耳なし芳一(体に呪文を書いて怨霊から身を守ろうとする。)
(送り火である大文字焼きもそういえば呪術。)
・そこからさらに[どこにでも火は点く]と発展。
ここには少し性的イメージも加わる。」
司会「なんだか騙されたような気がするなあ。まあ性的イメージはわかります。
けど、呪術系はあんまりピンと来なかったなあ。」
鱶助「性的イメージの隠し味といえば、ホラーと神聖は定番スパイスだが、まあお好みで。
この歌を[権力]の話につなげるなら、[おっぱい]に字を書く行為に、[おっぱい]の力を[呪術で封印する]という連想脈が少しありそうなことかなあ。」
司会「はいはい、降参でございます。」
天心のあれは失くしたおっぱい、と虚にささめく声ある月夜
ルビ:虚【うろ】
佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』
司会「天心(空のまんなか)の月。なるほど、[おっぱい]は月にも似ていますね。手術等で失くした人が見上げているのでしょうか?」
アシ「乳がんで亡くなった中城ふみ子に、([おっぱい]ではないけれど)失った[乳房]を詠む歌がありましたね。関係ないかもですが。
失ひしわれの乳房に似し丘あり冬は枯れたる花が飾らむ
中城ふみ子『乳房喪失』」
鱶助「中城の歌は、乳がんで乳房を失った「われ」の立場で詠まれているが、佐藤の歌は必ずしもそうと決められない。違う解釈もしてみたくなるように、それとなく誘っている。」
司会「え? どこが?」
鱶助「[天心]という言葉の大きさだ。そのため、スケールの大きい歌になって、[天と地で身体を分けた]かとも思えてくる。
「身体の一部を失うということ」を「天と地に身を分けること」のように感じる。そういう鑑賞の可能性が歌に隠してある。」
司会「そんなの、私はぜんぜん感じなかったけどなあ。」
鱶助「これは深読みだからね、感じなくて当然。
[虚にささめく声ある]の[虚]は、乳房を手術で切除した[虚]でもありつつ、乳房を天に差し出した跡の[虚]としての窪地を、一瞬想像しそうになる。
[ささめく声]という言い方にはちょっと秋の虫っぽさがあって、窪地に集まった声みたいなニュアンスをこっそり添えている。」
司会「ふーん。」
鱶助「[おっぱい]を失うことは、何らかの力を失うことだ。ゼロになるのでなく、マイナス感があるほどの喪失感だ。
この歌の「虚」はそのマイナス分ではないだろうか。」
司会「確かに喪失感は強いでしょうね。
ただ細かい点の鑑賞は、ひとそれぞれっていうレベルの話じゃないでしょうか。」
鱶助「もちろんだ。私は深読みAI(artificial intelligence)の一人であるにすぎない。他の深読みAIは違うことを言う。それは、artificialじゃない人間の知能も同じことだ。
司会「あ、そう。」
鱶助「なお、この歌、[おっぱい権力]の話からは離れるが、[天には地上の起伏と反対の起伏がある]という図で天地の関係を想像しなおしそうになる点が新鮮だ。
そして話は戻る。
--[おっぱい]がどうこう言っても、みんなで共有しているイメージの[おっぱい権力]みたいなものにはぜんぜん勝てない。
認識の背景までアンドゥして、次に大勢が、リドゥじゃなくて、そのテーマをゼロから詠みなおす歌を読み重ねないと、いったん備わった権力は消えない、と思う。
これ、AIのカン!
司会「へー。」
ねがいから鼻をとおしてなあ牛よおっぱいはここであっているのか
望月裕二郎 『あそこ』2013
司会「わ、なんだろ。鼻をとおして? おもしろいけどわからない。」
アシ「鼻からする胃カメラじゃないでしょうか。管を鼻から通す方法(経鼻胃内視鏡)がありますよね。」
鱶助「全部は視覚化しきれない歌だとは思うが、鼻胃カメラ(経鼻胃内視鏡)のイメージはあると思う。
・[願い]から出発した何か、があった。
・それは(はじめ姿がなかったかもしれないが)にょろにょろの姿を得る。
・これを[擬人化]という語に習い、ここでは[擬身化]と呼ぼう。
・そして、これまた[牛]に[擬身化]している何かの中へと入る。
・[鼻]から入って(鼻胃カメラ的に)身体を内側から探り、
・[おっぱい]はここかと聞く。
そういうことではないだろうか。」
司会「鼻胃カメラは胃を見るカメラでしょ。どうして[おっぱい]を探すんですか?」
鱶助「こういう歌では作者の意図は測りきれないわけで、だからここは怖めず臆せず、我が短歌読解術で深淵覗きをしようじゃないか。
・まずは[願い]。これは欲求に似てると思う。
・欲求が[胃カメラ]になるといえば、男性の性欲。
身体の一部位が棒状になって膣に入るという点が似ている。
・しかし、膣は行き止まりだ。おもしろくない。がっかりだ。
・そこで、鼻胃カメラのイメージが採用され、もっともっと、と内側を探る。
っていう感じを詠んでいる、かもね。」
司会「じゃ、じゃあなぜ、[おっぱい]を内側から探すんですか。」
鱶助「膣のみならず[おっぱい]にも、がっかりさせられるから、かな。
外から触るだけではなんだか達成感がないし、隔靴掻痒的に物足りなくないかな。
でもそれは、例の[口が裂けても言っちゃいけないこと]なんだよ。」
花子「[おっぱい]は、よく言えばやわらか、悪く言えばぶーよぶよ、うぐっ」
(司会が花子の口を押さえている。)
司会「じゃあなぜ[牛]なんですか。」
鱶助「イメージ空間で抽象的おっぱいを探っているからだ。その場合は、人間の中途半端な[おっぱい]じゃ、ダイナミックさに欠けるからじゃないかな。牛といえば鼻輪、っていう連想脈がうまい具合に混線して、思い描けば素敵な抽象画、っていう感じ。」
司会「うーむ、まあ素敵な抽象画はわかります。
(その他は、勝手に言ってろですよまったく。)
ところで、[権力]の話は、最初のほうの[おっぱいの役割は〈やわらかい〉だけでいい]という歌を受けるようにして始まったんですよね。
やれやれ思えば遠くへ来たものだなあ……。
なんだかおっぱいでお腹いっぱい。眠くなってきました。」
花子「だから哺乳類っていうのは……うぐぐ」
(司会が花子の口を押さえる。)
司会「ああもうだめだ。本日はこれまで。さよなら。またね。」
アシ「最初に言っていた歌は思い出したんですか。」
司会「もういらない……。」
花子「みなさーん、植物はおっぱいがないから、とっても自由よー。」
司会「おっぱいじゃなくて、トゲがある……。」