2021年12月11日土曜日

ちょびコレ マッチング 並べて読みたい歌 2021

 まったく別々に詠まれた2首に、

もしかして本歌取り?と気になった、
歌合せだったらいい勝負じゃんと思えたり、
時を超えて応答しているみたいだったり、
歌人の個性の違いを感じておもしろかったり、
同じ作者の作なら進化や変化を感じたり、

することがあります。

とにかく並べて読むだけで〝批評マインド〟が刺激される。
そういうセットがときどきあるので、見つけたらとりあえずここに書きとめます。

ただし、私は、
優劣には興味がない。
歌を並べて優劣を決めたいわけではない。
そこのところ、よろしくおねがいします。

▼2021/12/22
■そのとき青いものがこぼれる……


よあけぼくらのシーツのうへに真青の魚が一匹こぼれてゐたか
塚本邦雄『透明文法』1975

ただ一度かさね合わせた身体から青い卵がこぼれそうです
東直子『青卵』2001

2022・4・17追記
青いものがこぼれる歌

「そのとき」じゃなく青いものがこぼれる歌もときどきあります。セットじゃないけど書いておきます。

銀行の窓の下なる/舗石《しきいし》の霜《しも》にこぼれし/青インクかな
石川啄木『一握の砂』

死もて師はわれを磨かむ秋天の青こぼれたるごとき水の辺
大塚寅彦『夢何有郷』2011

青きミルク卓にこぼれて妹が反戦をいう不可思議な朝
大野道夫『秋階段』1995


こういうのも。
信号としての役目を終えてからこぼれるような青、赤、黄色
伴風花 『イチゴフェア』


★赤いものがこぼれる
赤いものがこぼれたら血みたいだし、黄色いものだったら……、なんて思わなくもないので、ついでにちょっと探してみた。
セットではないけれどピックアップ。

根釧原野の霧の渦よりこぼれくる赤い鶴の頭泪のごとし
ルビ:根釧【こんせん】 頭【づ】
日高堯子(出典調査中)

草の実の赤くこぼれて原稿を夢の中では夢のように書く
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

★黄色いものがこぼれる
 赤と同様
こころもち黄なる花粉のこぼれたる薄地のセルのなで肩のひと
北原白秋『桐の花』1913

前をゆく中年男女離れつつ添いつつこぼれくる黄のひかり
東直子『十階』

▼2021/12/20
■鳥のむくろと人体

以下2首、内容は違うんだけど。

我を生みしはこの鳥骸のごときものかさればよ生れしことに黙す
ルビ:鳥骸【てうがい】・生【あ】
斎藤史

ねむりゆく私の上に始祖鳥の化石のかたち重ねてみたり
杉崎恒夫『パン屋のパンせ』


▼2021/12/20
■目を閉じて自らに

存在維持発電だけをするために目蓋を閉じて自分に沈む
九螺ささら『ゆめのほとり鳥』2018

眼球をうずめるように閉ざしつつ自慰をするときだけを信じる
石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』2017

▼2021/12/5

■食物連鎖の上位者

あまえびの手をむしるとき左胸ふかくでダムの決壊がある
笹井宏之『ひとさらい』2011

次々と蟹をひらいてゆく指の濡れて匂えり胸の港も
北山あさひ 『崖にて』2020


生物を食べることについて、新たな詩情が開拓されている気がする。
魚などを食物連鎖の上位者として食べる場面をときどき見かけるようになった。エビやカニは手足があるぶん、食べ方の残酷さが強まるようだ。
(鶏の唐揚げも、弱肉強食的な感覚をほんの少し暗示する傾向がある。)

▼2021/12/03

■胸の中の桜


わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ
河野裕子『桜森』1980

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

■洗濯機のなかでまわるもの

ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり
光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』

洗濯機のなかにはげしく緋の布はめぐりをり深淵のごときまひるま
真鍋美恵子『真鍋美恵子全歌集』


■「桜」と「君」

君の内部の青き桜ももろともに抱きしめにけり桜の森に
佐佐木幸綱『アニマ』

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

■金魚すくい

夏の夜のすべての重力受けとめて金魚すくいのポイが破れる
伊波真人『ナイトフライト』2017

飲み込んだ夢にふくれる縁日の金魚すくいの袋のように
山階基「風にあたる拾遺2015-2016」(出典調査中)

■青インキと他人

本当か嘘かはひとが決めること紙にインクはあおくにじんで
松村正直『風のおとうと』

青きインク吸ひたる紙がなまなまと机【き】にあり人はわれを妬めり
 ルビ:机【き】
真鍋美恵子

■冷蔵庫の気分

冷蔵庫はよく詠まれる題材。冷蔵庫の音などに気分を投影することがよくあります。

生み落とす氷の音をひびかせてほがらかなりき夜の冷蔵庫
三井ゆき『天蓋天涯』

春暁にほのぐらく浮く冷蔵庫唸りあげをり鶏卵を抱き
黒瀬珂瀾『空庭』2009


■冷蔵庫の卵置き場

冷蔵庫の卵に生と死を洞察するような感慨を添えるのもよく見かけます。卵の置き場が決まっていることを特に意識した歌も数ありますが、この2首をあげておきます。

はじめから孵らぬ卵の数もちて埋めむ冷蔵庫の扉のくぼみ
林和清(出典調査中)

冷蔵庫には卵のための指定席秋のコンサートが始まるらしい
杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010

冷蔵庫の卵は生まれず食べられるものだがら、多く憐れむ感じで詠まれますが、杉崎の歌はその上で、むしろ「そんな卵たちだから特等席」みたいな、救いのあるイメージで捉えてあげている気がします。


■夏冬のだいこん

夏大根に家中の口しびれつつ今日終る 国歌うたはず久し
塚本邦雄『日本人靈歌』1958

電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根
永井祐『日本の中でたのしく暮らす』2012


■仰向けに寝て空を見る

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
 ルビ:不来方【こずかた】/十五【じふご】
石川啄木 『一握の砂』

Tシャツを脱いで暮れゆく空を見て寝ころぶ レゴのかけらのように
千葉聡『微熱体』2000

もしかすると歌人なら一生に一度は詠むんじゃないか、と思えるほど好まれて詠まれているシチュエーション。それだけに自分らしさを大切に詠まれていると思います。

他にもいくつも見つけてしまったので、少しだけ書いておきます。

音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐる
中城ふみ子『乳房喪失』
さくらさくさくらさくさく仰向けに寝て手を空へ差し出すように
木下龍也『つむじ風、ここにあります』2013

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