2020年6月25日木曜日

ミニ30 実験器具

不純物ひとつもなくて怖かった試験管から見上げる空は
藤本玲未『オーロラのお針子』

秋の空フラスコ透かし見てあらば滅亡もただ解のひとつか
ルビ:解(かい)
大塚寅彦『夢何有郷』

たまたまこの2首を時間をおかずに目にして、あら実験器具って「空」といっしょに詠まれる傾向があるかしら、と気になり、調べてみた。

結論からいうと、そういう傾向はなかった。
実験器具に限らず、ガラス(窓やガラス瓶など)は、「空」と縁が強く、実験器具もガラスだから「空」が詠み込まる例はあるけれども、「空」が多く出てくるわけではなかった。
なあんだ。
まあ、せっかくなので、実験器具の歌をどどーんと紹介しておく。

試験管の破片をふたり拾うとき音階のごとく燃えるひまわり
穂村弘『新星十人―現代短歌ニューウェイブ』

試験管のアルミの蓋をぶちまけて じゃん・ばるじゃんと洗う週末
永田紅『ぼんやりしているうちに』

かみさまの真似をしてみる20°Cの試験管にはみどりが澱む
國森晴野『いちまいの羊歯』

のんびりとふえてゆくのが愛ならばシャーレの蓋は少しずらして
東直子『春原さんのリコーダー』

それぞれの宇宙包みてしづまれるシャーレの群れを抱く孵卵器
足立尚彦『浮かんだレモン』

今はなきガラスのシャーレ身と蓋を合わせるときのまるき重たさ
永田紅『春の顕微鏡』

湧きやまぬ水泡のふちに寄りながらビーカーを洗う指のやさしさ
ルビ:水泡(みなわ)
加藤治郎『サニー・サイド・アップ』

ピペットに梅干色のわが血沈む 一揆にも反乱にも敗れたりき
斎藤史『風に燃す』

數グラムの試藥の粉末を底に置き乳鉢の暗部ありと思ふも
葛原妙子『原牛』

透明な秋の空気はフラスコのなかでフラスコのかたちしている
杉﨑恒夫『パン屋のパンセ』

蒼きそらゆがみてうつるフラスコのひたすらゆげをはきてあるかな
宮沢賢治『夜のそらにふとあらはれて』

フラスコに桜はなびら満ちてゆく時間と思う君の沈黙
吉野裕之 作者HP 2016・9

フラスコの首つかまえて二本ずつ運べば鳥を提げたるごとし
永田紅『春の顕微鏡』

フラスコの球に映れる緋の石榴さかさまにして梢に咲けり
葛原妙子『原牛』

フラスコに丸まる春はアルコールランプの熱に踊りはじめる
田中ましろ

神様は信じてないわプレパラートのなかまで冷たい冬の顕微鏡
山崎郁子

顕微鏡で宇宙をみている者の眼にそのとき金の薔薇が映るの
穂村弘『手紙魔まみ、夏の引越し(ウサギ連れ)』

自らを瀆してきたる手でまわす顕微鏡下に花粉はわかし
ルビ:瀆(けが)
寺山修司『血と麦』

咳しつつ夏むかえれば顕微鏡写真のダニがうつくしすぎる
松木秀『RERA』(2)

顕微鏡からみえる青信号に手をふってまた冬のふるさと
藤本玲未『オーロラのお針子』

どんな人と聞かれて春になりゆくを 春は顕微鏡が明るい
永田紅『春の顕微鏡』

いたづらに我が身フルゴロオトガラス水に虫あることも知らずて
※フルゴロオトガラス=顕微鏡
大隈言道『戊午集』


やや作者に偏りがあるのは、私の好みの反映でなく(多少はあるかもしれないが)、こういう語彙を好む作者が何首も詠む傾向があるからである。

本日の短歌データ総数109,149首
うち複数詠まれていた実験器具
  試験管   9首
  シャーレ  8首
  ビーカー  4首
  フラスコ 19首
  顕微鏡  12首
フラスコと顕微鏡はやや人気があるのかな。

ではまた。

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