2020年6月29日月曜日

ミニ31 あやとり

あやとりの東京タワーてっぺんをくちびるたちが離しはじめる
笹井宏之『ひとさらい』

おもしろい。
あやとりは手数をかけて、糸の綾からなにかの形を出現させるものだ。(あまり意識しないが、この不思議さはかすかに呪術的かもしれない。)
「東京タワー」は、「盃」を作って上の糸をくわえて引っ張る。するといきなり東京タワーの形になり、おお!っという感動をもたらす。

その感動は長く続けるものではなくて、唇を離せばタワーの形はゆるみ、そして、あっという間にただの紐になってしまう。
この歌は、その、形を失う瞬間、感動から心を離す瞬間をスローモーションで描いている。
人々が手間ひまかけて構築したもの、そこで共有した感動ーー、そこから人々の心がはなれてゆく折返しのはじまりを詠んでいる点に注目した。
これを大げさに言えば、滅びに向かう折り返し地点。赤方偏移が青方偏移に転じる瞬間だ。

(なお、「東京タワー」は「はしご」を変形させるものもある。けっこう手数を要する難しいもので、こちらは口を使わない。)

◆楽しい遊びであるあやとりだが、歌に詠むと、さみしさを詠む歌が多く、そこにうんとかすかな危機感を一滴垂らしたようば、味のある歌になりやすいようである。
山や川など大きいものを作るし、すぐに紐に戻ってしまうからだろうか。

あやとりの紐は数秒〈電球〉の形をなして寸劇は終はり
ルビ:寸劇(コント)
石川美南『離れ島』2011

私の本日のデータベースには「あやとり」を含む歌が、上記も含めて12首あった。
読者にご判断いただけるよう、以下に残り10首をすべてあげておく。


あやとりはたのしきものか群青の川を取りあふ姉とおとうと
小林幸子『六本辻』

あやとりの吊り橋おちて僕たちは抱きあったまま夜の奈落へ
植松大雄

ひっそりと縒れる心のあやとりのいとさみしくば人には告げず
三枝浩樹『歩行者』

ゆるい陽は思い出させるからまって捨ててしまったあやとりのひも
本田瑞穂

遊園地ゆきの電車の隅に乗るあやとりあやとりとってとられた
三好のぶ子「かばん」2001・12

綾とりに取れぬ山川魚小鳥人の思ひもわれもさびしも
馬場あき子『晩花』

母と娘のあやとり続くを見ておりぬ「川」から「川」へめぐるやさしさ
俵万智『かぜのてのひら』

ゆつくりと小指で浚ふあやとりの川底にあるそのさみしさを
飯田彩乃『リヴァーサイド』

つまんなくない?って瞼を紅くしてあやとりやめたマンションの前
間宮きりん「早稲田短歌」44

テーブルに見えぬあやとり探りつつ砂糖の壺の蓋がずれている
樋口智子「詩客」2012-08-10

以上

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