2020年9月1日火曜日

満55 気になる金魚

ピックアップ

全部読むひまのない人のため5首ピックアップしました。


手紙かく少女の睫毛ふるふ夜壁に金魚の影しづかなり
吉岡実『魚藍』1959

食塩を瓶の金魚にふりまくといたましきものよみがへらしむ
塚本邦雄 『日本人靈歌』1958

お嬢さんの金魚よねと水槽のうへから言へりええと言つて泳ぐ
河野裕子『歩く』2001

出目金でためすゆふべの読唇術―ユメガホントニ ナ ル 日 ガ 怖 イ
光森裕樹 『鈴を産むひばり』2010

それからの金魚ぎっしり炊きあがりみるみる性欲ふえてゆきます
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

1 金魚のしぐさ、ふるまい


金魚を詠む歌で最も多いのは、しぐさやふるまいに言及するものだ。

夕日にゆれてゐた水の、ころびさうにする金魚 よわい。
児山敬一

くれないの金魚は体かたむけてあはれ大きく水のみしかな
小熊秀雄『幻影の壺』(未刊歌集)

薄氷の赤かりければそこにをる金魚を見たり胸びれふるふ
森岡貞香『白蛾』1953

行きずりに見ればなよなよと金魚群れ水盤のみづ動くたのしさ
佐藤佐太郎 『地表』1956

手紙かく少女の睫毛ふるふ夜壁に金魚の影しづかなり
吉岡実『魚藍』1959

高貴なる黒き金魚は水中に翳なる鰭を揺りて過ぎにき
葛原妙子『鷹の井戸』1977

お嬢さんの金魚よねと水槽のうへから言へりええと言つて泳ぐ
河野裕子『歩く』2001

水面を揺らす金魚の淡き鰭ゆうべの時間あかあかとして
小島なお『乱反射』2007

怒鳴り合う教授とわれのこだわりを憐れむようにふるえる金魚
中沢直人『極圏の光』2009

金魚玉軒につるしたあの頃の金魚は雲をついばんでいた
杉﨑恒夫『 パン屋のパンセ』2010


あくる朝十八になる玄関の金魚はふっと縦に立ちたり
藤本玲未「飛ぶ教室」44号 2016

尾鰭から紅白の色を溶くように金魚はぬるい真水を泳ぐ
鈴木晴香『夜にあやまってくれ』2016 

金魚、いい音で鳴りそうだねおまえそのひらひらもかっこよくって
山田航「詩客」2018年01月

2 性的な連想脈


金魚にはちょっと性的連想脈があるようで、その方面のイメージで詠む歌も少なくない。

テーブルの金魚しずかに退るなり女を抱きてきてすぐ渇く
寺山修司『空には本』1958

口中に金魚の泳ぐ心地してかみ殺したくなるディープ・キス
錦見映理子 『ガーデニア・ガーデン』2003

しかもあなたと交わる夢をみるのですピアノの蓋に金魚の匂い
野口あや子 『くびすじの欠片』2011

それからの金魚ぎっしり炊きあがりみるみる性欲ふえてゆきます
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

上映会なれば見知らぬ人たちと並び観てゐる金魚の交尾
勺禰子『月に射されたままのからだで』2017


 挑発的な髪型だという理由でポニーテールを禁止している学校があるそうだ。うなじが色っぽいらしい。
 その程度のことで禁止するなら、赤い鰭をなよなよひらひら振る金魚も、目の毒だから教室や職員室には置かないほうがいいだろう。

上の野口の歌にも出てきたが、金魚の「匂い」を詠む歌も、少し色っぽさが感じられる。

発熱する君かねむれぬ雨の夜に金魚のにほひふとたちきたる
永井陽子『樟の木のうた』1983

砂ひとつない階段に招かれるお嫁さんは金魚のにおい
東直子「かばん」2002・9

この部屋は沼の匂いがするよね、と金魚のシャツを着た君が言う
山崎聡子「早稲田短歌」34号(Web版)

3 金魚と話す


そう多いわけではないが、金魚と話す的なことを詠む歌がときどきある。

出目金でためすゆふべの読唇術―ユメガホントニ ナ ル 日 ガ 怖 イ
光森裕樹 『鈴を産むひばり』2010

「下品ではないのに卑しい人だった」母が金魚を見つめて言いぬ
今井恵子 『やわらかに曇る冬の日』2011

水槽を泳ぎ疲れた金魚には恋人の目の小ささを言う
鈴木晴香 『夜にあやまってくれ』2016

4 金魚になる・身から泳ぎ出るなど

 
これも多いわけではないが「金魚になる」ということを詠む歌がまれにある。
「金魚になる」とはどういう意味合いだろう。
小さくて弱々しく可愛く愛され鑑賞されるもの? ーーもうひとひねりありそうだ。もっと用例がほしい。


夕暮れの商店街にまぎれたし赤きひれ持つ金魚となりて
佐藤モニカ 『夏の領域』

少女はたちまちウサギになり金魚になる電話ボックスの陽だまり
永井陽子 『モーツァルトの電話帳』

数年前のコレクションですが「○○になりたい」という歌を集めてみましたので、よろしかったら御覧ください。

★内なる金魚

次のように内なる金魚を詠む歌もあり、これも「金魚になる」ことに関連しそうである。

わが内の脆き部分を揺り出でて鰭ながく泳ぐあかき金魚は
ルビ:鰭【ひれ】
中城ふみ子 『乳房喪失』

いつのまにか金魚が棲んでゐるやうな甕があります夏の胸には
梅内美華子 『エクウス』

★金魚を放つ

 更に、「金魚を放つ」というのもある。
 自分の一部を放つという意味合いでは「金魚になる」に通じると思う。
 また、金魚を放つことでなんらかの影響力を及ぼすイメージにもなり得る。
 (なんと自作もあった!)

世界中真っ赤になるかな 真夜中の橋の上から金魚を放つ
植松大雄『鳥のない鳥籠』

ゆうべはみな愉楽のおねしょ 許せまばゆい金魚など夢に放して
高柳蕗子『あたしごっこ』1994

夜の河に金魚を放つ今つけたばかりの名前をささやきながら
ひぐらしひなつ『きりんのうた。』2003

★泳ぎ出そうな浴衣の金魚

浴衣の柄の金魚を詠む歌も、今にも泳ぎ出ていきそうな感じがする。

姿見のわたしとわたしが手をとほす更紗金魚の泳ぐゆかたに
大西久美子 『ねむらない樹vol.1』2018

梅雨あけに来るとう孫に縫いあげし小さき浴衣に金魚およげり
宇佐美ゆくえ 『夷隅川』【いすみかわ】

5 金魚の死


 金魚の死に関連する歌はものすごく多い。

 小さないたましさ。同じペットの死でも、犬猫のそれよりは衝撃がないけれど、その「けれど」の先に本質がある。歌数は多いが、まだ本質に到達していないみたいだ。
(運動会の玉入れの籠になかなか玉が溜まらないような感じ。イメージが歌語にたまっていくのはそういうことなのだ。)


霜ふればしんじつ命愛しとおもひ金魚に死ねといひにけるかな
ルビ:愛【は】
小熊秀雄『小熊秀雄全集』(1短歌集)青空文庫より

食塩を瓶の金魚にふりまくといたましきものよみがへらしむ
塚本邦雄 『日本人靈歌』1958

ザリガニと金魚と小鳥二匹ずつ死んじゃった部屋羽ばたいてみる
伊津野重美かばん」新人特集号1998

一匹となりし金魚を捨てかねて持ちくれば星のまたたきをせり
佐藤通雅 『天心』1999

終電車にみっしりと人押し黙る 金魚はその身反らして死んだ
東直子青卵』2001

見なければよかったもののひとつとしもう死にそうな秋の金魚を
藤原龍一郎
「投壜通信」誌上歌集『天使、街角、カンガルー1997~1993』2001

虹 土葬された金魚は見ているか地中に埋まるもう半輪を
木下龍也『きみを嫌いな奴はクズだよ』2016

金魚の屍 彩色のまま支那服の母狂ひたまふ日のまぼろしに
ルビ:屍【し】
山尾悠子 『角砂糖の日』(新装版)2017

6 その他

★金魚はいろんな場所にいる・またはいない


なにもなき金魚の鉢のさびしさに炉石おとせば底に鳴るかも
ルビ:炉石【ろろし】
小熊秀雄

まだ部屋のどこかを泳ぐたましいのあかい金魚に水槽を買う
青柳守音『眠りの森』1998

水族館バックヤードに鉢ありて金魚一匹飼われておりぬ
鯨井可菜子 『タンジブル』2013       

散髪の優良店でヒゲを剃る金魚鉢から泡が出ている
あまねそう 『2月31日の空』2013

金魚鉢に金魚のゐない理髪店おまけにくれた十円硬貨
新井蜜『鹿に逢ふ』2014


もっといろんな場所にいたりいなかったりする金魚の歌が欲しい。

床屋さんの金魚を詠む歌が2首あったのは偶然だろうか。何か、床屋と金魚は結びつく要素、マッチする要素があるような気がするが、いま思い浮かばない。

★その他いろいろ

なんとなくレトロでおかしい肺からの血液は赤い金魚のように
早坂類風の吹く日にベランダにいる』1993

しのびよる雷鳴あれど金魚絵の浴衣こよひのふたり子つつむ
小池光『廃駅

中井英夫の本ひもとけばこともなく金魚の味に言及したり
有沢螢 『朱を奪ふ』2007

死にたいって教えてくれてありがとう金魚を破るくらいに泣いて
田丸まひる 『硝子のボレット』2014

金魚鉢の金魚横から斜めから上からぐわんとゆがんでる冬
穂村弘 『水中翼船炎上中』2018

金魚のように重ねて鍵を置くときに半同棲の脆さをおもう
千種創一『砂丘律』2015


7 金魚掬い

「中学のころまで『金魚すくい』って『金魚救い』と思い込んでた」
千葉聡『微熱体』2000

蒸し暑い宵闇に肩触れ合って白熱灯ゆれる金魚すくい
鈴木晴香 『夜にあやまってくれ』2016

飲み込んだ夢にふくれる縁日の金魚すくいの袋のように
山階基風にあたる拾遺 2015-2016』2019

★金魚掬いのポイ


知りたかったことを知ってしまったら金魚の紙がやぶれたみたい
東直子 「かばん」2006・03

夏の夜の全ての重力受けとめて金魚すくいのポイが破れる
伊波真人かばん」新人特集号2010→『ナイトフライト』2017

金魚掬いの薄紙に似るあやうさにあるらんかなやむすめの恋は
小高賢短歌往来」2011・09

8 金魚鉢・金魚玉


金魚鉢をのぞく少女の眼球がガラス一杯に拡がりてゆく
楠誓英 『青昏抄』2014

私には私が必要だったのです金魚鉢のように悲しかったです
三好のぶ子 「かばん」2002・12

たましひのほの暗きこと思はせて金魚を容れし袋に影あり
西橋美保 『うはの空』



やれやれ、今日はこのへんで。
「4 金魚になる・身から泳ぎ出るなど」のあたり、今日の収穫かもしれません。










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