2020年9月7日月曜日

満56 「……たての」を使い倒そう

「揚げたてのコロッケ」などの「…たての」は便利だ。
日常でもよく使うが、「たったいま・・したばっかり」ということをたった3音で言えるのだから、短詩系では特に役立つ。

リズム的にも、短歌の初句で「…たての」と切り出すと、なんだかそれだけでいい歌になっちゃいそうではないですか?

「そうだねえ」と茂吉さん。

しぼりたての牛の乳のみ出で來しに一時間にて腹をくだせり
斎藤茂吉『石泉』

えーーーっと、(汗)
とにかく、myデータベース(約11万首)で探してみたら、105首ヒットしました。

ちょこっとピックアップ

歌はたくさんありましたが、忙しい人のために私の好みでピックアップ。

新生児ふかふか眠る焼きたてのロールパンのごと頭並べて
俵万智『プーさんの鼻』2005

なにぬねので出来ている眠りの世界は生まれたてのわたしが眠ってる
九螺ささら『ゆめのほとり鳥』2018

ロボットの瞳はいつでも大きくてまばたきを知らぬ練りたての魂
井辻朱美『クラウド』2014

もぎたての不定愁訴をぶちまけた診察室の壁がふるえる
田丸まひる『硝子のボレット』2014

ごきぶりを吸い込みたての掃除機が浮かびあがってくる熱帯夜
穂村弘 『水中翼船炎上中』2018

買いたての鞄ひらけば工房の匂いあるいは牛の内面
東直子「短歌研究」2011・11


お時間ある方はぜひぜひ以下もごらんください。

「……たての」の歌

検索・抽出について


手持ちの近現代短歌データ109,800首から、「たての」というテキストを含む歌を検索。そこから「はたての」など意味の違うものを取り除いて、105首を抽出。

・おなじ意味だが「…したばかりの」などは抽出していない。
・「の」が付かない形(「ペンキ塗りたて」と終わるなど)もあるが対象外とした。
「たて」で検索したら500首余出てきて、「音をたてる」「たてがみ」「ひらいたてのひら」等々の関係ないものがごっそり含まれており、選り分ける元気が出なかったため。

近代歌人も使っていた「…たての」


105首のうち7首が近代歌人の歌だった。
私の持っているデータの中では啄木と白秋が特に早いようだ。

或る時のわれのこころを
焼きたての
麺麭に似たりと思ひけるかな
ルビ:麺麭【ぱん】
石川啄木『一握の砂』1910

生の身の吾が身いとしくもぎたての青豌豆の飯たかせけり
北原白秋『雲母集』1915

天そそる不二のうらべの山畑のまだ紅ふふむとりたての独活
北原白秋『風隠集』1944

しぼりたての牛の乳のみ出で來しに一時間にて腹をくだせり
斎藤茂吉『石泉』1951

磨きたての細刃のナイフ物清く割きて匂はすさながらの君
ルビ:磨【みが】、細刃【ほそば】、割【さ】、匂【にほ】
尾上柴舟(出典調査中)

秋の雨ひねもす降れり張りたての障子あかるく室の親しも
古泉千樫(出典調査中)

うみたての玉子を人に貰ひたり毛のつきたるがいくつもあるも
三ヶ島葭子 『三ヶ島葭子全歌集』

現代の人たちの「…たての」


多いので、私の本日の好みで絞りました。

新生児ふかふか眠る焼きたてのロールパンのごと頭並べて
俵万智『プーさんの鼻』2005

買いたての鞄ひらけば工房の匂いあるいは牛の内面
東直子「短歌研究」2011・11

抜きたての親知らず手に温かく微震の歯科医院にやすらう
雪舟えま『たんぽるぽる』2011

友達に変顔を見せ走り去る 生まれたての火が恥じらうように
千葉聡『今日の放課後、短歌部へ!』2014

もぎたての不定愁訴をぶちまけた診察室の壁がふるえる
田丸まひる『硝子のボレット』2014

味の素かければ命生き返る気がしてかけた死にたての鳥に
九螺ささら『短歌ください その二』2014

舞うものは重力を掌ににぎるかな鉄腕アトムの汲みたての瞳
井辻朱美『クラウド』2014

ロボットの瞳はいつでも大きくてまばたきを知らぬ練りたての魂
井辻朱美『クラウド』2014

洗いたての権利と顔をあげて笑ってるあなたは自殺と同罪だろうか
瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end,』2016

おろしたてのしろい牛乳石鹸のにほひのやうな冬はもうなし
小島ゆかり『馬上』2016

抱きたり赤児と同じ熱を持つコピーしたての会議資料を
水上芙季『水底の月』2016

杉山に降りたての雪のかがやきはとんび降下に照り翳りして
なみの亜子『「ロフ」と言うとき』2017

ごきぶりを吸い込みたての掃除機が浮かびあがってくる熱帯夜
穂村弘『水中翼船炎上中』2018

なにぬねので出来ている眠りの世界は生まれたてのわたしが眠ってる
九螺ささら『ゆめのほとり鳥』2018

あけたてのシャンプーの泡はボナールの光の色を知っている 春
杉山モナミ「b軟骨」(作者ブログ)2018・12・25

人見知りはあなたの長所 買ひたての醤油を暗い涼しい場所へ
石川美南『架空線』2018

覚えたての道を行くとき曲がりたいのをこらえれば目印に着く
山階基『風にあたる』2019

できたてのビルしなやかに伸び上がりところどころにある非常灯
山階基(出典調査中)

できたての事故車の横を通過する画廊の客のような僕たち
木下龍也(出典調査中)

寒の朝卵いだきぬ産みたてのこのあたたかさがまぼろしのすべて
渡辺松男(出典調査中)

東京のお菓子をあげて生みたての玉子もらいぬ 恥ずかしくなる
松村由利子(出典調査中)

生まれたての闇に転がるクリスマスツリーの電源につまずいて
穂村弘(出典調査中)

帰らない靴を思えり炊きたての飯に十字にへらを入れつつ
柴田瞳(出典調査中)

よく詠まれる「…たての」上位5位

「…たての」105首の内訳


1 やきたて 16首 (うち13首が「焼きたてのパン」)
2 うまれたて 12首
3 できたて 11首
4 うみたて 6首 (すべて卵)
5 もぎたて 5首

 このほか、あらいたて・かいたて・とれたて 各4首ずつ
      おろしたて・ゆでたて 各3首ずつ 
      残りは1、2首ずつでした。

●使用語彙には個人差があるから当然ですが、「…たての」の使用にも個人差があるようです。
 そして、使い慣れた人はより大胆に使う傾向があるように見えます。

俳句川柳の「…たての」


ジャンルごとにも語彙の食わず嫌いがあるみたい。

俳句川柳は手持ちのデータが少なくて、俳句(約3万)川柳(約1万3千)でしかないのではっきりしませんが、ジャンルごとの違いもあるようです。

俳句川柳の「…たての」もついでに検索してみたところ、俳句6句、川柳2句だけ。
いやに少ない。

頻度の比較

短歌は1046首に1首(109825/105)
俳句は4928句に1句(29567/6)
川柳は6619句に1句(13238/2)

●俳句

死にたての体美し桜かな 津田このみ 『月ひとしずく』1999

できたての少年を得て蝿叩  嵯峨根鈴子『ファウルボール』2011

もぎたての色をそへたる夏料理  今井豊『草魂』2011

炊きたての飯で火傷す秋の風  山内将史『鈴の中』2019

脱ぎたての酸つぱき匂ひ蛇の衣  西山ゆりこ『ゴールデンウィーク』2017

もぎたての白桃全面にて息す  細見綾子(出典調査中)

●川柳

洗いたての虹を渡ってゆく素足  西田雅子『ペルソナの塔』2014

できたての童話のように抱きあおう  八戸むさし「月刊おかじょうき」2002・01 


「たての」と続けずに「たて」と切る例は?

 あらま、やっぱ……少ないや


字数節約という意識は、短歌より短い俳句川柳においてはより強いだろうから、「たての・・・」と続けずに「たて」「たてか」などと切るのではないか、とも考えて、いちおう探してみました。

結局、すごく少ない。

俳句青蛙おのれもペンキぬりたてか  芥川龍之介

川柳
はつこいや月星シューズおろしたて  なかはられいこ『脱衣場のアリス』

こういう句が少しある程度でした。

現代俳句協会等のデータベース


外のデータベースでも「…たての」を探してみます。

現代俳句協会のデータベース(総句数不明、また新しい句をどの程度含んでいるか不明)で検索したら、「…たての」は11句出てきました。

一部は私のDBと重なっている。また、出てきたのは12句だったが、うち1句は「…戸のあけたての音…」なので除く。)

捥(も)ぎたての胡瓜を抱え水泳部  山崎聰
ほか

川柳おかじょうきのデータベース


このデータベースが57,152句収録ですが、ときどき重複があるんですよ。
「たての」の検索結果は18句、で、重複を取り除いて15句ゲット。
(一部は私のDBと重複していましたが。)

脱ぎたての靴下みたいでしょ(笑)  宮川尚子 「おかじょうき」2009・01
ほか

というわけで、「…たての」には可能性があると思います。
短歌俳句川柳の3つのジャンルの中では短歌がいちばん使っているようですが、短歌もまだまだ醸し足りない感じがします。

0 件のコメント:

コメントを投稿