2020年9月8日火曜日

満57 「っぱなし」を堪能しよう

前回、短く言える便利な言葉として「…たての…」(=いま…したばっかりの)をとりあげたところ、「っぱなし」はどうでしょう、とのリクエスト※をいただきました。

なるほど、「っぱなし」は「したまま」と同じ字数ですが、言い回しによっては「…したまま…」と説明するよりも字数を節約できる場合がありそうです。

それに、「っ」(促音)には、叙述内容プラスアルファの、かすかな情動があります。

「っぱなし」は、〝社会の窓〟があけっぱなしだとか、たいていは良い状態ではない。
誰かの行為が完結しないままいたずらに時が過ぎていくとか、「また……っぱなし! 何度言ったらわかるの!」と叱られるとか、いきさつや場面を感じさせる。
さらに、「っ」が軽く言葉を漕いで歌にほどよい起伏が生じる。

これは歌人としては放っておけないですね。
というわけで、「っぱなし」を含む歌を探してみました。
※リクエストにすべてお応えするわけではありません。
検索してみて、読み応えのある歌が程よい数で抽出できる場合だけ応じます。
何百何千と用例が出てくるようなものを考察したら、それだけで一冊本が書けますから。(笑)


ピックアップ

まずは、忙しい人のために、少しだけ歌をピックアップします。

あけつぱなしの手は寂しくてならぬ。青空よ、沁み込め
前田夕暮『水源地帯』1932

わたくしの心の内には一本の立ちっぱなしの木の立っておる
山崎方代『こんなもんじゃ』選歌集 2003

殺されっぱなしが積まれどの道もイラクの夜の月光葬なり
鈴木英子『月光葬』2014

見えますか食べものを出しっぱなしのテーブルあれが北海道です
雪舟えま『たんぽるぽる』2011

交尾するときはあんなに美しいなめくじに白砂糖かけっぱなし
笹井宏之『ひとさらい』2011

「だばだばにあなた漏れてる気をつけて胸のチャクラが開きっぱなしよ」
法橋ひらく『それはとても速くて永い』2015

よく逃げる風景だから信号が光りっぱなし  さびしい海だ
井上法子『永遠でないほうの火』2016

お時間があるとき、ぜひ続きをお読みください。


「っぱなし」を堪能しよう


検索方法と数値結果

短歌データ約11万首から、文字列「ぱなし」を含む歌を検索して74首抽出。
同様に俳句と川柳も抽出してみた。

頻度

 短歌 1/1484首 (74/109823)
 俳句 1/7391句 (4/29567)
 川柳 1/13238句 (1/13238)
 
俳句川柳は収録データ数が少ないため頻度の比較は信頼できないが、いちおう算出した。

短歌における上位5位

つけっぱなし 13首
あけっぱなし 11首(「ひらきっぱなし」も含めた)
だしっぱなし 6首
いれっぱなし 4首
ぬれっぱなし 3首


「っぱなし」連撃!

ここから連続でぶっぱなします。
といっても、全部では多すぎるので、本日の好みで選びました。
(ピックアップ分を除きます。)

廃校舎ひらきっぱなしの蛇口からなにも流れず夕焼けている
入谷いずみ 『海の人形』2005

今日からは上げっぱなしでかまわない便座が降りている夜のなか
穂村弘『水中翼船炎上中』2018

それだって日々だしコインロッカーに入れっぱなしの東京ばなな
吉田恭大『光と私語』2019

去年から置きっぱなしの柔道着 その持ち主も今日卒業す
千葉聡『飛び跳ねる教室』2010

考へつぱなしの君と考ふることをやめたるわれと冬薔薇
塚本邦雄『巴里眩暈紀行』1988

大壜をたすけ起こせばひと夏を切れっぱなしの賞味期限だ
山階基『風にあたる』2019

コンセントさしっぱなしの十月のうしろをむいている扇風機
笹井宏之『てんとろり』2011

影すらも飽きて逃げだす余暇の午後 出しっぱなしのバターを見てる
ナイス害 サイト「うたの日」より

波いろの泡をぬりあう音楽のようにシャワーは出しっぱなしで
加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998

何事もなかつたやうだ昼も夜もつけつぱなしのテレビを消せば
花山多佳子 『晴れ、風あり』2016

常夜灯つけつぱなしで寝る吾の夢にさぶしきつちふまずあり
光森裕樹『鈴を産むひばり』2010

この世界すべてと戦うクーラーをつけっぱなしでドア全開で
千葉聡『短歌は最強アイテム』2017

つけっぱなしのテレビの微熱私へ刺さらぬ時代の映像の波
ルビ:私【わたくし】
大野道夫『冬ビア・ドロローサ』2000

をみなより先につぶれて春の星点けつぱなしのまま眠りたり
ルビ:点【つ】
田村元『北二十二条西七丁目』2012

球体にうずまる川面いやでしょう流れっぱなしよいやでしょう
飯田有子「かばん」2000・06

暗黒が鳴りっぱなしの部屋の中そのままきみの脚をあげても
加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998

人混みも伸びっぱなしの前髪もあたしのことを許していない
加藤千恵『ハッピーアイスクリーム』2001

もの事の過ぎ去るちから レシートが繁茂しっぱなし夜のキッチン
嵯峨直樹『みずからの火』2018

部屋中の全てのものに傍線を引きっぱなしで街へ出かける
木下竣介「短歌研究」2011・9

ぬひぐるみ通して妻に奏上す 新聞のひろげつぱなしは困る
大松達知『スクールナイト』2005

平らかなグラフの線が鎌首をもたげ、そのままもたげつぱなし
石川美南『架空線』2018

あれこれとやりっぱなしの鰯雲そらに浮かべて髭剃られおり
奥田亡羊『亡羊』2007

はるぞらのどこかチカッとひかりつつあけつぱなしの文房具店
小島ゆかり 『六六魚』2018


俳句・川柳の「っぱなし」は?

私のデータベースでは用例が少なかったので、現代俳句協会と川柳おかじょうきのDBやその他のネット検索で探してみました。

俳句

探してみるとけっこうある。でも……。

新聞をひろげつぱなし春炬燵  川崎展宏

こういうのって、いい句なんだろうけど、一句読めば百句読んだことになるようなありふれ感がある。
これは私の個人的な価値観ですが、すでに世の中に溶け込んじゃっているんなら、私がさらに取り上げる必要はない、と思います。

そういうのじゃないのを少しご紹介しておきます。

貝殻の別れつぱなし春の暮 中西夕紀『朝涼』2011

花陰に脱ぎっぱなしの宇宙服  松井真吾「詩客」2018-04-14

ほととぎす迷宮の扉の開けつぱなし 塚本邦雄(出典調査中)

あけっぱなした窓が青空だ  住宅顕信(出典調査中)


川柳

川柳もいくつも見つけたけれど、陳腐と感じたものを取り除いたら、だいぶ少なくなってしまいました。

ああそれは借りっぱなしの算数ドリル 樋口由紀子(出典調査中)

百八つの赤がざわざわしっぱなし きさらぎ彼句吾
2014・10 おかじょうき川柳社例月句会 題:『 乱 』

日本国憲法は立ちっぱなしである 鳴海賢治 「月刊おかじょうき」2013・07

踊りおさめて脱ぎっぱなしの花衣装  笹田隆志
2014・01 おかじょうき川柳社例月句会 題:『 踊る 』

北窓に干しっぱなしの防護服  ◆田ひろ子(お名前が一字文字化けしていました。)
「月刊おかじょうき」2014・12


俳句・川柳は短くて、「っぱなし」の促音が、短歌のようには言葉を漕がず、というか、ひと漕ぎでピークになっちゃう感じ。構造としてつまらない。
それで短歌より使い道がせばまるのかもしれません。
そのへんのことは俳人さん・柳人さんに聞いてみないとわかりませんが。



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