2021年4月29日木曜日

ミニ43 ◯◯なかれ

『君死にたまふことなかれ』などの「◯◯なかれ」という言いかた、オゴソカでちょっとい
いかも。

短歌でたまに見かけるので集めてみました。

現代の人の歌もいいけど、近代歌人のストレートな使い方の味わいがなかなか良いです。

まずは忙しい方のために少しピックアップ。

■ピックアップ 10首

なげくなかれ悲しむなかれ日輪は 人間の上を照らしたまへり
佐佐木信綱(出典調査中)

爆音は星空遠く消えゆきぬ世界よまたも迷ふことなかれ
土岐善麿『春野』1949

運命にひれふすなかれ一茎の薄紅あふひ咲き出でむとす
前川佐美雄『大和』1940

卵のひみつ、といへる書抱きねむりたる十二の少女に触るるなかれよ
ルビ:書【ふみ】
葛原妙子『飛行』1954

咲き満てる梢は花のゆふあかり木かげにひとを顕たしむなかれ
上田三四二(出典調査中)

暗闇のわれに家系を問ふなかれ漬物樽の中の幽霊
寺山修司『田園に死す』1965

われよりも早く死ぬなかれ新樹よりさやかに撓ふ裸身をぬぐふ
河野裕子(出典調査中)

輪廻など大仰に言うことなかれ毛抜きもて抜く脇の毛あわれ
田中槐(出典調査中)

問うなかれ疑うなかれ立ちつくす鳥居のように腕をひろげて
東直子『愛を想う』2004

謝るしかなくて謝るひとをまえに腕組みて怒号を飛ばすことなかれ
松村正直 角川「短歌」2012.1自選作品



興味がありましたら以下を御覧ください。

■「なかれ」の歌 生年順

「なかれ」は、時代も関係がありそうなので、生年順にしてみました。
ピックアップと重複します。
作者名のあとの( )内の数字は生年です。

なげくなかれ悲しむなかれ日輪は 人間の上を照らしたまへり
佐佐木信綱(1872)(出典調査中)

酒のまへに酒の歌なき君ならば恋するなかれ市に入るなかれ
与謝野鉄幹(1873)『むらさき』1901

わが女われより外に恋ひし人なかれと祈る信なき日なり
前田夕暮(1883)『収穫(上巻)』1910

爆音は星空遠く消えゆきぬ世界よまたも迷ふことなかれ
土岐善麿(1885)『春野』1949

友よさは
乞食の卑しさ厭ふなかれ
餓ゑたる時は我も爾りき
ルビ:爾【しか】
石川啄木(1886)『一握の砂』1910

その親にも、
親の親にも似るなかれ―
かく汝が父は思へるぞ、子よ。
石川啄木(1886)『悲しき玩具』1912

夜業終え職人たちと酒を飲みおのがからだをそこなふなかれ
古泉千樫(1886)『川のほとり』1925

誰が誰をば云ひ得るものぞ
われよ
あまりにわれをも
責むるなかれ
岡本かの子(1889)(出典調査中)

議員さんを人気商売と言ふなかれ人気なくなればダッコチャンも売れず
土屋文明(1890)(出典調査中)
ダッコちゃんは、1960年に発売されたビニール製の空気で膨らませる人形の愛称。人の腕などに抱きつくような仕様になっている。(我が家にもあった。)

上州よこんにやくを自慢するなかれ日本中どこにもうまいのがある
土屋文明(1890)(出典調査中)
義捐金貰ふ村人よたはやすくたよるこころに溺るるなかれ
結城哀草果(1893)(出典調査中)
運命にひれふすなかれ一茎の薄紅あふひ咲き出でむとす
前川佐美雄(1903)『大和』1940
※「あふひ」ってなんだろう、と一瞬思いました。「葵」ですね。

迫力のなくなれる声などといふなかれひとつふたつ歯の欠けたるゆゑぞ
木俣修(1906)『愛染無限』1974

消すなかれ消ゆるなかれとなほ燃ゆる胸の炎を思ふ歳の旦に
ルビ:炎【ひ】 旦【あした】
木俣修(1906)『昏々明々』1985

卵のひみつ、といへる書抱きねむりたる十二の少女に触るるなかれよ
ルビ:書【ふみ】
葛原妙子(1907)『飛行』1954

我が歌は拙なかれどもわれの歌他びとならぬこのわれの歌
ルビ:拙【つた】 他【こと】
中島敦(1909)「和歌でない歌」(「中島敦全集第三卷」筑摩書房1949) 

をりをりは老猫のごとくさらばふを人に見らゆな見たまふなかれ
齋藤史(1909)(出典調査中)

返り花は挿すことなかれ おほかたの木は葉を捨てて浄まりたるに
ルビ:浄【きよ】
齋藤史(1909)(出典調査中)
駅長愕くなかれ睦月の無蓋貨車處女ひしめきはこばるるとも
ルビ:處女【をとめ
塚本邦雄(1920)『詩歌變』1986

屋根に干しし黒き毛布はひるがへり<虚妄の証をたつることなかれ>
ルビ:虚妄【いつはり】 証【あかし】
塚本邦雄(1920)『日本人靈歌』1958

きられたる乳房黝ずむことなかれ葬りをいそぐ雪ふりしきる
ルビ:黝【くろ】
中城ふみ子(1922)(出典調査中)

咲き満てる梢は花のゆふあかり木かげにひとを顕たしむなかれ
上田三四二(1923)(出典調査中)

一心に釘打つ吾を後より見るなかれ背は暗きのつぺらぼう
富小路禎子(1926)『白暁』2003

我が生のあやしき様を言ふなかれ情念はをりをりに目かくしをする
ルビ:生【しやう】
稲葉京子(1933)『天の椿』2000

一生の暗きおもひとするなかれわが面の下にひらくくちびる
篠弘(1933)『昨日の絵』1984

暗闇のわれに家系を問ふなかれ漬物樽の中の幽霊
寺山修司(1935)『田園に死す』1965

とびやすき葡萄の汁で汚すなかれ虐げられし少年の詩を
寺山修司(1935)『空には本』1958 (『初期歌篇』チェホフ祭)

いらいらとふる雪かぶり白髪となれば久遠に子を生むなかれ
ルビ:久遠【くをん】
春日井建(1938)『未青年』1960

みづからが夜振りにゆらす火のやうな若者ら兵となることなかれ
春日井建(1938)『朝の水』2004
※夜振りとは、松明などの明かりに寄ってくる魚を網やヤスで取る漁法。

鳥はいやしき同情者たることなかれ人なぐさめてゐるわがあはれ
三井ゆき(1939)『空に水音』1981

おとうとよ忘るるなかれ天翔ける鳥たちおもき内臓もつを
伊藤一彦(1943)『瞑鳥記』

われよりも早く死ぬなかれ新樹よりさやかに撓ふ裸身をぬぐふ
河野裕子(1946)(出典調査中)
わたくしというよろい戸を引くなかれあかるくさむく野に置かれいよ
三枝浩樹(1946)(出典調査中)
死者一切近づくなかれ哄笑しわれらかがやく葡萄呑みたり
小池光(1947)(出典調査中)
ああわれ悲しむなかれひしひしと夜天に星の圧しあふ寒さ
ルビ:夜天【よぞら】 圧【お】
恩田英明(1948) ※2002年6月「e-文藝館=湖(umi)」のために自選

驛長愕くなかれ AKB慰問団南スーダンに搬ばるるとも
山下一路(1950)『スーパーアメフラシ』2017

行き先を尋ぬるなかれたそがれの海の焦点ひとみに宿す
永井陽子(1951)(出典調査中)
美しき恋欲ることなかれ崖線にあふるる緑目眩むばかり
ルビ:【は】
徳高博子(1951)『ローリエの樹下に』2012

輪廻など大仰に言うことなかれ毛抜きもて抜く脇の毛あわれ
田中槐(1960)(出典調査中)
問うなかれ疑うなかれ立ちつくす鳥居のように腕をひろげて
東直子(1963)『愛を想う』2004

誰ひとり誰かのものとなるなかれ白い空へと消える飛行機
東直子(1963)「現代短歌新聞」2013.5

みつばちの刺繍のうらのたくらみをゆめ知るなかれ夏の心臓
佐藤弓生(1964)『薄い街』

立冬にゆめ逝くなかれカレンダー便所の窓に垂れて人の忌
辰巳泰子(1966)(出典調査中)
謝るしかなくて謝るひとをまえに腕組みて怒号を飛ばすことなかれ
松村正直(1970) 角川「短歌」2012.1自選作品

責めるなかれピクルス抜きのバーガーを目的を持たない脱走を
佐藤りえ(1973)『フラジャイル』2003

レヴィ=ストロース読むなかれ。どの構造もよめばよむほど土台が揺ぐ
堀田季何(1975)『惑亂』2015


 以上、今回は生年のわかる歌人の「なかれ」の歌を多めに拾いました。

■2021年4月30日追記

俳句川柳は、短歌ほどには「なかれ」を使わないようです。

俳句

なめくじりいちいち尻を見るなかれ 大畑等

「俳句の箱庭」の透次さんより以下2句を教えていただきました。

懐手して説くなかれ三島の死  阿波野青畝

君還るなかれ燈火の桜餅  岩木躑躅

川柳もないわけではないけれども……。

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