2021年4月1日木曜日

満60 杭はどう詠まれる?

 「杭」とは何でしょう?


 辞書的には「構造物を固定したり支持したりするため、地面に打込む棒状のもの」です。

 短歌では「杭」のどういう特徴を捉えているでしょう?


本日の闇鍋全データ160,493歌句
うち短歌データ114,741首
うち「杭」(杙)を含む歌44首
そのなかから少しピックアップします。

ピックアップ


●激しく打ち込まれる

こんちくしょうこんちくしょうと木槌もて打ちこまれゆく一本の杭
松村正直「詩客」2012-12-28
  ▶杭を打つ者も打たれる杭も人間みたいでどちらの気持ちもわかるような気がする。

脇腹に規則正しく打つ杭のゆくえも知らぬドラムの響き
俵万智『サラダ記念日』1987
  ▶ドラムの音が強く腹に響く感じ。

孤り住む隣家の老いの棒杭を打ちこむごとき咳のこえする
杜澤光一郎『群青の影』2008

何者か夫を杭打つと思ふまでぐんぐん眠り沈みゆくあはれ
ルビ:夫(つま)、杭(くひ)、打(う)
米川千嘉子(出典調査中)

杭打ちの音 どこやらに杭打つ音し
大桶をころがす音し
雪ふりいでぬ
ルビ:杭(くひ)、大桶(おほをけ)
石川啄木『一握の砂』
  ▶この歌の杭打ちは激しさでなく、
   あわただしく冬がはじまるような感じを表しているようだ。

●なんとなく時間感覚と死

悪いことじゃないよ時間をこなすのは杭の頭に順に触れゆく
小島なお『展開図』2020
 「杭」が時間感覚に結びつくのが興味深い。
  なぜか連想のかたすみに笠地蔵が並ぶのもおもしろい。

偶然も未來も遊ぶ冬の野に無能の棒杭となりて立てり
齋藤史(s30作 出典調査中)

道ばたに杭立ち並び何事か証しのほしきわれと思いつ
ルビ:杭(くい)、証(あか)
大西民子(出典調査中)

二十歳、四十歳、六十歳、八十歳 人生に立つ杭ありてそれぞれの渦
米川千嘉子『一葉の井戸』2001
  ▶時間の流れの中の橋杭みたい。

とげのごとき木杭ごちゃごちゃとある霊園こんなところに眠るとするか
浜田蝶二郎(出典調査中)

●かかしのようだが……。

引き上げしスワンボートの首はづし杭に懸けおく冬のみづうみ
嶋田恵一「かばん新人特集号」2015/3
  ▶冬のあいだ首をやすませているようだが、しかし、
   杭に首をかける、ということに、かすかな怖さが……。

路地裏のブリキバケツは棒杭の先に干されて首を傾ぐ
ルビ:首(かうべ)
佐藤通雅『強霜(こはじも)』2011

杭のかぶるゴム手袋が来てみろといふいいからなにもないから
平井弘『遣らず』2021
 ▶ひとつ前のバケツの歌はかかしみたいだったが、こちらは不気味。
  連想のかなたに、生首を刺した棒杭があるような、
  そして、なぜか、
  「ただの手袋でしかないよここはまだ大丈夫。生首はずっとずっと先だ
  言っているような感じが幽かにしてこわい。

●人間に似ている

焼跡に杙のごと立つ少女吾敗戦の日の白黒写真
富小路禎子『不穏の華』1996

暗きドアの木目をみてゐしなよるごとにわれにただよひくる杙のある
葛原妙子『原牛』1959

出る杭というより液状化現象ゆえ何となく浮き上がる杭
松木秀『5メートルほどの果てしなさ』2005

靜かなる春近き日の午後の池に杭の影して冷たさうなり
中原中也(未刊詩篇/初期短歌)

●橋杭が水を分けるように

過ちはいつまで経っても架からない橋の橋杭 言葉が淀む
辰巳泰子『いっしょにお茶を』2012

無表情に立つ駅員は杭のごとしそこより分かれひと流れゆく
吉岡生夫『続・草食獣』1983

●鳥が休憩

おれの杭と言わんばかりに一本を占めたる川鵜が杭ごとにいる
五十嵐順子 『奇跡の木』2017

江戸川の杭にとまつて吹かれつつ帽子がほしい冬のかもめよ
高野公彦『水苑』2000
  ▶深読みというか勝手な連想だけど、笠地蔵を連想する。

これやこのヤマセミ閣下しまらくを留まりいませし杙の頭ぞ
ルビ:杙(くひ)
宮原望子『これやこの』1996

●その他

パチンコのゴムひきしぼる子等の前標的として杭佇ちている
今井恵子『分散和音』1984

更地には杭とロープと鉄条網 ここを「空き地」と呼ぶ者はいない
あまねそう『2月31日の空』2013

一本の杭があるらしこの部屋につながれてゐるわたしの心
大西久美子 『イーハトーブの数式』2015

ひろつぱはねころぶところ空の耳そのかたつぽを杭にひつかけ
笹原玉子『われらみな神話の住人』1997
  ▶どういう絵だろう、と頭の片側では悩みつつ、なんとなくわかるような。

いぶせきに明日は剃らなと思ひつゝ髭の剃杭のびにけるかも
長塚節(出典調査中)
 ※「剃杭」は ひげを剃ったあとに短くはえた毛のこと。

「杭」のイメージ

「杭」という語は以下のようなイメージを帯びて詠まれている。
(または、帯びて詠まれる可能性がある。)

1 ここには人為が及んでいる

囲いを作るとき、まず杭を打つところからはじまる。
また、簡易な立て札としての杭もある。(私有地の標識、県境、標高等々)
そのような杭は、その土地に人為が及んでいることを表明する。

2 ここにはかつて人為が及んでいた(人為の痕跡→時間感覚)

そして時が過ぎ、人為の果てた荒野などに杭だけが残ると、非常に荒涼とした光景になる。
残された杭は人為の痕跡である。

杭打ちから始まり、すべて終わったあとに杭が残る。
「杭」が時間感覚を喚起するのは、こういうところから来ているのだろう。

簡易な墓標としての杭もある。
(荒野の杭の墓標ーー死者の名が無いか、消えていて、単に「誰かが誰かを葬った」ということだけがわかるような、すごく「個」が風化したもの。ーーを想像したくなったが、そういう歌は見つからなかった。)

3 杭は人に似ている

単に、杭が人影に見えることもあるが、
「出る杭は打たれる」という慣用句では杭は人の比喩である。
この喩えは、人格を軽んじられ、役目を負わされる状態の人をさす。
(人柱=生きた人を犠牲にして橋や建造物の支えとすることも連想範囲。)

4 人も杭に似ている

呆然として歩けなくなった状態を「杭のように立ち尽くす」などと言うことがある。
つまり、人と杭のイメージは相互に通い合う。

5 たましいの抜け殻

杭は人に似ているぶん、どこかたましいに通じる。
が、たましいそのものではなくて、かつてはたましいがやどっていた抜け殻のような感じでもある。

6 処刑・拘束

杭にしばりつけて処刑し、死体をさらす。
杭に生首を刺してさらすことがある。
心臓に杭を打って魔性のもののとどめを刺す。
杭に動物や奴隷をつなぐ。

7 かかしのような、いや、蝿の王のような

ウイリアム・ゴールディングの小説『蝿の王』(『十五少年漂流記』のような「孤島漂着もの」だが、内容は悲惨で、少年たちが殺し合う)に出てくる。
「蝿の王」とは、杭のてっぺんにささった豚の生首に蠅が群がっているもので、悪魔のベルゼブブをさしている。

杭に生首を刺したものは、かかしに似ているが、害鳥を遠ざけるのでなく、蝿を呼び寄せる。
人心を悪へ、残虐非道な暴力へ、そうした状況へと導く忌まわしいものの象徴のような感じ。

8 なんでもないもの

建造物というほどでなく、なんとなくそこにあるから、なんとなく鳥が止まり、
人も、ちょっと凭れるなど、仮の休憩に使う。

9 杭を打つ

A 力強さ・元気さ・活気
B 激しさ・ときに酷さ

10 橋杭

橋杭は流れのなかで水を分ける。また橋杭の周囲では水がうずまく。
人を橋杭にたとえれば、時の流れ、人の流れを分けたり渦巻かせたりする表現になる。

11 その他

「切杭」「刈杭」は切り株のこと。
「剃杭」は ひげを剃ったあとに短くはえた毛のこと。
慣用句「やけぼっくいに火がつく」


まあ、こんなところでしょうか。

追記(2021年4月4日)

一本の杭がたちまち法師蟬 加藤楸邨

これはすごい。
「杭」に鳥などがとまるところを詠むものは多いけれども、この句は、「たちまち◯◯」という言い方で、なんのへんてつもない杭がいきなり◯◯になっちゃう、ということを表していて、投げ技でぶんなげられた感じがします。

Facebookで「俳句の箱庭」の透次さんより、上記の加藤楸邨の句を含めて、以下の「杭」の俳句を推薦していただきました。

秋の江に打ち込む杭の響かな 夏目漱石

父祖の地に杭うちこまる脳天より 栗林一石路

杭打つて鯉おどろかす晩夏かな 友岡子郷

杭のごとく
たちならび
打ちこまれ   高柳重信

炎天や男来て杭打ち込みぬ 山崎聰

さざ波が杭をほそらす鳥雲に 鍵和田秞子

水音に離れ杭立つ十三夜 宮田正和

傾がざる杭なかりけり涅槃西風 草深昌子

一つ杭に繋ぎ合ひけり花見船 長谷川零余子



また、「杭」を詠む川柳も以下に追記しておきます。

川柳

蝶飛んで大腿骨は杭である
むさし 2007・11「月刊おかじょうき」

父の背を刺すリアカーの杭十本
佐藤岳俊 (出典調査中)

鳩尾に杭打ち込まれ立ち直る
斎藤はる香 2006・8 第24回川柳Z賞

出る杭の堅さを甘くみてしまう
斎藤泰子 2006・5 おかじょうき川柳社本社月例句会

酸欠の海に詐欺師の杭がある
坂本勝子 2009・9月 おかじょうき川柳社例月句会

声あげて月夜の杭を打っている
石部明『現代川柳の精鋭たち』

杭を打ち終わる かすかな羞恥心
定金冬二『無双』

血縁のいたるところに杭の跡
田中薫『ア・ラ・カルト』

ここいらが真ん中だろう杭を打つ
鳴海賢治 2002・2「月刊おかじょうき」

以上


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