2021年5月22日土曜日

ミニ49 消える父母

ピックアップ

パパの手は煙となって ただいちど春の野原で受けた直球
佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』2001

屁をひとつ鳴らしたのみにて父上はこの世の中から消えていったよ
山崎方代『こんなもんじゃ』2003

父に似し腹話術師の去りしあと街のかたちにたそがれも消ゆ
寺山修司『月蝕書簡』(未発表歌集)2008

ああ母はとつぜん消えてゆきたれど一生なんて青虫にもある
渡辺松男『泡宇宙の蛙』1999

雨が土に染み入るやうに消えていつた母だよ 今日の空はからつぽ
時田則雄『みどりの卵』2015

父も母も輪郭だけのしゃぼん玉つぎの風にはなくなりそうな
藤田千鶴『白へ』2013


お時間がありましたら以下の本編もご覧ください。

消える父母

短歌のなかの「父」は影が薄いような気がする……。
父はしばしば「消える」って書いてあるような……。母はどうかなあ……。

検証してみました。

父や母そのものや身体の一部あるいは衣類など関係の強いものが「消える」、というようなことを詠んでいる歌をさがしました。

「薄れる」「透きとおる」なども思いつく限り検索条件に含めました。
 (そのような語を使わずに消えることを表現している歌は、この方法では見つけられない。)


本日の「闇鍋」の全短歌データ115309首
うち
  父が消える  17首
  母が消える  20首

父だけでなく母も消えていました。

以下、かんたんに分類して歌を並べます。
(冒頭のピックアップと歌が重複します。)

消える父


パパの手は煙となって ただいちど春の野原で受けた直球
佐藤弓生『世界が海におおわれるまで』2001

父ひとり消せる分だけすりへりし消しゴムを持つ詩人の旅路
寺山修司『月蝕書簡』(未発表歌集)2008

わらわらとカマキリあまた這ひ出でていのち消えゆく父の鼻をかじる
恩田英明『壁中花弁』2006

地のみどり満身に浴み生き継げとしづかに父の消ゆる暁闇
永井陽子(出典調査中)

とおき森木の実こぼしてゆく父が大股に奥へ消えてゆきたり
佐波洋子『羽觴のつばさ』2006

屁をひとつ鳴らしたのみにて父上はこの世の中から消えていったよ
山崎方代『こんなもんじゃ』(選歌集)2003

よいどれの父がぽつんとこの夜から消えゆくことを母と祈りき
山崎方代『こんなもんじゃ』

ろばの子がとろうり眠る夕闇に紛れて消えてしまおうよ、パパ
東直子(出典調査中)

消える父(に近い表現)


骨格に架けおくものが薄くなり透明になる父のセーター
井辻朱美『水晶散歩』

父に似し腹話術師の去りしあと街のかたちにたそがれも消ゆ
寺山修司『月蝕書簡』

瞳の透るほど薄い生告げていた茄子のつけもの好きの父親
東直子(出典調査中)

亡びゆく父に寄り添ふわたくしは花びらほどの薄き氷のうへ
ルビ:氷(ひ)
徳高博子『ローリエの樹下に』2012

きしきしといのちの透ける音がするある日の父は水仙より弱し
日高堯子『振りむく人』2014

父生れし家かき消えて草むらにまさかりは鈍きひかりを乱す
小池光(出典調査中)


消える母


ああ母はとつぜん消えてゆきたれど一生なんて青虫にもある
渡辺松男『泡宇宙の蛙』1999

雨が土に染み入るやうに消えていつた母だよ 今日の空はからつぽ
時田則雄『みどりの卵』2015

母消ゆる秋くさはらの涼しさよ二、三群れ咲く緋の死人花
ルビ:死人花【しびとばな】
浦河奈々『サフランと釣鐘』2013

大花火消えて母まで消えそうで必死に母の手を握りおり
鳥居『キリンの子』2016

視界から消えてゆく母 遠ざかる車 どこかでカランと鳴りて
田中槐(出典調査中)
透けている鎖骨のあたり土よりもあたたかくあれ朽ちてゆく母
田中槐(出典調査中)

秋の海ぱさりぱさりと飛ぶ砂に消されては描くかあさんの顔
小守有里(出典調査中)

消える母(に近い表現)


母の髪しだいに明るくなりてゆき陽に透きてけふはもろこしのやう
梅内美華子『真珠層』2016

おかあさん電池 「お」からだんだん薄くなり「さん」が明滅 布団に入る
樋口智子「詩客」2012-08-10

鳩に死を感じてゐますお母さん電線色に消えてゆく鳩
和里田幸男(出典調査中)

母に逅はむ死後一萬の日を閲し透きとほる夏の母にあはむ
ルビ:閲【けみ】
塚本邦雄『不變律』1988

母の頭蓋透けてみえること想ひつつサフランの球根五つ埋めたり
浦河奈々『サフランと釣鐘』2013

家族の家いままぼろしにかへりゆく母が背骨の透きとほる家
川野里子『太陽の壺』2002
風に鳴るがらんどうの骨は透けてゆく ブルースを聴いてゐるおかあさん
辰巳泰子(出典調査中)


父も母も消える


学校から〈父兄〉が消えて〈父母〉消えてあたりさはりのなき〈保護者〉会
今野寿美『雪占』2012

父として殺され母として消されとこしへに霧のかなたの「家族」
塚本邦雄『汨羅變』1997

父も母も輪郭だけのしゃぼん玉つぎの風にはなくなりそうな
藤田千鶴『白へ』2013


短歌は以上です。(該当作全部だと多すぎるので少し減らしました。)

父や母が消える(薄くなる、透きとおる等も含む)というファンタジックな表現は、亡くなったことを婉曲に表すことが多いようです。

「消える父」は、消滅感をやや具体的に描く傾向が感じられました。(微妙です。気のせい、程度です。)

「消える母」は、母の死の気配を詠むというか、その死をそっと描きたいという気持ちなのか、消え方そのものはあまり具体的ではないと思いました。
が、例外は「骨が透ける」で、これは母の消え方の特徴かもしれません。


以下、俳句と川柳の「消える父母」です。
たくさんあったので半分ぐらいピックアップ。

俳句・川柳


俳句


霧に消えゆく父といふ字の四画目
鈴木伸一「吟遊」第12号より

父の名の一字は消えず波供養
たむらちせい(現代俳句協会データベースより)

鰯雲子は消ゴムで母を消す
平井照敏『猫町』1974

母親よ池のかたちの薄氷よ
池田澄子(出典調査中)

今生の汗が消えゆくお母さん
古賀まり子『竪琴』1981

消え消えてなほ父母や粒の飯
山田耕司 詩歌梁山泊「詩客」(時期調査中)

消しゴムで子が消す父よ母よ日盛り
鈴木伸一「吟遊」第8号 
  

川柳


消しゴムを持ってひたすら父を追う
定金冬二『無双』1985

秋風や親指で消す父の国
樋口由紀子『容顔』1999

スイッチを押せば消えます父の墓
樋口由紀子 セレクション柳人『樋口由紀子集』2005(『容顔』以後)

序列から消えた父です春の月
守田啓子「おかじょうき」2013・3 

母の帽子は風に転がり母も消え
海地大破(出典調査中)
母という魔法が消えて静かです
葉閑女「おかじょうき」2011・11



短歌俳句川柳の3つのジャンルで、消しゴムが父や母を消してることがわかりました。
消しゴムは短歌のなかでいろんなものを消してそう。
こんど集めてみましょう。

今日はとりあえずこんなところで。

■追記(2021年5月26日) 「俳句の箱庭」さんからの情報

名残雪古都よりひとりの父消えし
豊田都峰「俳句αあるふぁ」2015年12-1月号

軍港を消し父を消し雪斜め
室生幸太郎『昭和』2009



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