日常場面で実際に抱いて寝るのは、愛する人やこども、ペット、好きなおもちゃなどだと思います。
短歌にもそれらはもちろん詠まれますが、「愛する・大切にする」というかたち、あるいは「愛したい・愛されたい、大切にしたい・されたい」というさみしさのかたちとして、短歌ではさまざまなものを「抱いて寝る」と表します。
うち短歌 119,031首
※これとは別に「抱かれて眠る」「眠るものを抱いている」(抱いている側は起きていて、抱かれている側が眠っている)歌は17首ありました。
■抽象的なもの 10首からピックアップ
抽象的なもの、概念、実体のないものなど。
葛原妙子『原牛』1959
近似値でしか求まらぬ星たちの距離を両の手に抱いて寝る
北川草子『シチュー鍋の天使』2001
ぐりぐりと塗つて潰した跡たちをそのまま抱いて手帳は眠れ
山階基「未来」2015年1月号(風にあたる拾遺 陸から海へ)
川底で光るジュースの空き缶は魚の夢を抱いて眠る
伊波真人『ナイトフライト』2017
くらがりを抱きて眠る唇欠けのアンモナイトを押し照らせ月
今もなほ生息したる人食いの土人の孤独抱きしめて寝む
和里田幸男(歌会でいただいたプリント 時期不明)
■巨大なもの 4首からピックアップ
実体はあるけれど抱いて寝るには大きすぎるものもときどきあります。
綾門優季「早稲田短歌」43号 2014/3
水滴のなかで眠りに落ちるならどうか地球を抱えたままで
間宮きりん「早稲田短歌」44号
恥部を持つ東京ゆゑにいとほしく毎夜寝台ごと抱いて寝る
田村元『北二十二条西七丁目』2012
■いろいろな物 17首からピックアップ
抱いて寝る物品として順当なのはぬいぐるみ、枕などで、それらがわりあいに多く詠まれています。
そういう意味で読者を驚かさないかわりに、別の要素で引きつけます。
中島敦(出典調査中)
葛原妙子『橙黄』1950
俵万智『チョコレート革命』1997
アトピーのくまのプーさん抱きしめて綿くずみたいにまるまって寝る
北川草子『シチュー鍋の天使』2001
使用済みビデオテープを抱いたまま眠れば遠く鉄道の音
伊波真人「かばん新人特集」2010/12
坂梨誠治「早稲田短歌」43号 2014/3
楽器より深く眠れる父の胸に夜は楽器を抱かせてみたい
服部真里子『遠くの敵や硝子を』2018
きみが青いリュックを抱いて眠りゆく電車でぼくは海を見ている阿波野巧也 『ビギナーズラック』2020
なお、食べ物を抱いて眠る歌は次の1首だけでした。
深見あす香「早稲田短歌」44号
■動物 5首からピックアップ
「抱いて眠る」という行為の基本は、愛するものを抱いて寝る、ということでしょう。
ですので、動物を抱いて寝るなら、ペットの犬猫が順当なのですが、短歌のなかで抱いて寝る動物は、必ずしも順当じゃないみたい。(笑)
ルビ:儒艮【じゆごん】
渡辺松男 『雨(ふ)る』2016
こんな夜はにはとりを抱いてねむりたしなまぐさいあかい月のぼる夜
小島ゆかり『六六魚』2018
ガソリンを撒いて眠ろう夏の朝かおだけ黒い犬抱きしめて
穂村弘『シンジケート』1990
■自然のものや現象 6首からピックアップ
自然物は案外少ないようです。
自然といえば、さっきあげた「大きい具象」のなかに地球や海がありましたが、手頃な大きさの自然物で「抱いて眠る」と詠みたくなるようなものって、たしかに少ない気がします。
錦見映理子 (出典調査中)
ぼくはあなたに選ばれざりし石を抱くうしろ頭に寝癖をつけて
山階基「風にあたる拾遺2012-2015」(出典確認中)
屈葬は石を抱いて眠ること死は石に沁み石は死に沁む
小島なお『展開図』2020
■こども 5首からピックアップ
こどもは、日常世界においては、抱いて眠るものの代表ですが、短歌にはそう多く詠まれるわけではなさそう。
なんといったらいいか、普通に詠むとすごく普通の歌になってしまいそうで、でもわざわざひねって詠むのもためらわれる、というような事情でしょうか。
(親や子という題材には、意識されていないタブーが存在し、表現の届かない領域がまだ多く残っているのかもしれません。)
石川不二子『牧歌』1976
子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る
河野裕子『桜森』1980
■じぶん 3首からピックアップ
木村友 文フリペーパー2017・11(第60回短歌研究新人賞最終候補作「木の根空の根」)
ルビ:胎児【こ】
米川千嘉子
俵万智『チョコレート革命』
■からだの部位 3首
身体の部位、膝だとかを抱いて眠る歌。
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013
育つあたま死にゆくあたま頭抱けば夏はあかくて眠たかりけり
米川千嘉子『新星十人』1998より
飯田彩乃『リヴァーサイド』2018
■抱きあって眠る 4首からピックアップ
お互いに抱き合って眠る、ということもありますね。
岡崎裕美子『発芽』2005
抱きしめあいねむるかれらのおなかにはプラネタリウムのごと精子はひかる
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012
■対象不明 2首からピックアップ
何かを抱いて寝ているけれど対象を曖昧にしてあるケース。
柳谷あゆみ『ダマスカスへ行く 前・後・途中』2012
■何も抱かずに眠る 1首
あるだろうと思いましたが意外にも1首でした。ルビ:抱【いだ】
江戸雪『百合オイル』
★抱かれて眠る 17首からピックアップ
「抱いて寝る」とは似ていて異なるシチュエーションなので別カウントですが、「抱かれて眠る」「眠るものを抱いている」(つまり、抱いている側は起きていて、抱かれている側が眠っている)歌が17首ありました。
ルビ:抱【いだ】
前田夕暮『夕暮遺歌集』1951(ペンクラブ電子文藝館より)
泣くおまえ抱けば髪に降る雪のこんこんとわが腕に眠れ
ルビ:抱【いだ】 腕【かいな】
佐佐木幸綱『夏の鏡』1976
眠くなつたきみを抱きしめ耳もとでぼくはシシシシシシシシシシシ
西田政史『ストロベリー・カレンダー』1993
寝不足の頭を眠った子みたいに起こさぬように抱えて歩く
植松大雄『鳥のない鳥籠』2000
子のなかに眠りの液が溜まりおり抱いて和室の隅に運びつ
吉川宏志『夜光』2000
楠の根に抱かれて眠る幼虫はこれから変わるからだを知らず
早川志織『クルミの中』2004
■俳句と川柳
俳句は手持ちデータ7句からピックアップ。
川柳は1句しかありませんでした。
俳句
小林一茶
萩叢を抱き起こしたるまま眠る
永田耕衣『吹毛集』
顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
高浜虚子
胸抱いて寝るさが月に吠えるさが
三谷昭
螢狩してきし足を抱いて寝る
大石雄鬼『だぶだぶの服』2012
川柳
暮田真名 ネットプリント『当たり』総集編