2021年12月31日金曜日

ミニ60 抱いて眠るといえば?

何かを「抱いて眠る(or寝る)」ということを詠む短歌がよくあります。実にいろんなもの抱いて寝ています。(笑)

日常場面で実際に抱いて寝るのは、愛する人やこども、ペット、好きなおもちゃなどだと思います。

短歌にもそれらはもちろん詠まれますが、「愛する・大切にする」というかたち、あるいは「愛したい・愛されたい、大切にしたい・されたい」というさみしさのかたちとして、短歌ではさまざまなものを「抱いて寝る」と表します。

本日の闇鍋 総数    165,830歌句
    うち短歌    119,031首
    うち抱いて眠る歌    60首

※これとは別に「抱かれて眠る」「眠るものを抱いている」(抱いている側は起きていて、抱かれている側が眠っている)歌は17首ありました。

■抽象的なもの 10首からピックアップ

抽象的なもの、概念、実体のないものなど。

にはとりは高き体温を抱きねむるきしきし砂嚢に貝殻を詰め
葛原妙子『原牛』1959

近似値でしか求まらぬ星たちの距離を両の手に抱いて寝る
北川草子『シチュー鍋の天使』2001

ぐりぐりと塗つて潰した跡たちをそのまま抱いて手帳は眠れ
山階基「未来」2015年1月号(風にあたる拾遺 陸から海へ) 

川底で光るジュースの空き缶は魚の夢を抱いて眠る
伊波真人『ナイトフライト』2017

くらがりを抱きて眠る唇欠けのアンモナイトを押し照らせ月
米川千嘉子 (出典調査中)

今もなほ生息したる人食いの土人の孤独抱きしめて寝む
和里田幸男(歌会でいただいたプリント 時期不明)

■巨大なもの 4首からピックアップ

実体はあるけれど抱いて寝るには大きすぎるものもときどきあります。

思春期に抱いて眠った神殿を廃墟になるまで放っておいた
綾門優季「早稲田短歌」43号 2014/3 

水滴のなかで眠りに落ちるならどうか地球を抱えたままで
間宮きりん早稲田短歌」44号

恥部を持つ東京ゆゑにいとほしく毎夜寝台ごと抱いて寝る
田村元『北二十二条西七丁目』2012

■いろいろな物 17首からピックアップ

抱いて寝る物品として順当なのはぬいぐるみ、枕などで、それらがわりあいに多く詠まれています。

そういう意味で読者を驚かさないかわりに、別の要素で引きつけます。


ガリワァが如何になるらむと案じつゝチビは寝入りぬ仔熊を抱きて
中島敦(出典調査中)

アンデルセンのその薄ら氷に似し童話抱きつつひと夜ねむりに落ちむとす
ルビ:氷【ひ】
葛原妙子『橙黄』1950

通販の人気商品等身大枕を抱いて眠る東京
俵万智『チョコレート革命』1997

アトピーのくまのプーさん抱きしめて綿くずみたいにまるまって寝る
北川草子『シチュー鍋の天使』2001

使用済みビデオテープを抱いたまま眠れば遠く鉄道の音
伊波真人「かばん新人特集」2010/12

花束を抱きしめたまま深く眠るあなたの横で満月になる
坂梨誠治「早稲田短歌」43号 2014/3

楽器より深く眠れる父の胸に夜は楽器を抱かせてみたい
服部真里子『遠くの敵や硝子を』2018

きみが青いリュックを抱いて眠りゆく電車でぼくは海を見ている阿波野巧也 『ビギナーズラック』2020

なお、食べ物を抱いて眠る歌は次の1首だけでした。

焼きたてのパンを抱えて眠り込むいつか子供を生んでみたいな
深見あす香早稲田短歌」44号


■動物 5首からピックアップ

「抱いて眠る」という行為の基本は、愛するものを抱いて寝る、ということでしょう。

ですので、動物を抱いて寝るなら、ペットの犬猫が順当なのですが、短歌のなかで抱いて寝る動物は、必ずしも順当じゃないみたい。(笑)


まなうらは星しかあらず星のもと儒艮を抱きてねむらなけふも
ルビ:儒艮【じゆごん】
渡辺松男 『雨(ふ)る』2016

こんな夜はにはとりを抱いてねむりたしなまぐさいあかい月のぼる夜
小島ゆかり『六六魚』2018

ガソリンを撒いて眠ろう夏の朝かおだけ黒い犬抱きしめて
穂村弘『シンジケート』1990

■自然のものや現象 6首からピックアップ

自然物は案外少ないようです。

自然といえば、さっきあげた「大きい具象」のなかに地球や海がありましたが、手頃な大きさの自然物で「抱いて眠る」と詠みたくなるようなものって、たしかに少ない気がします。


永遠にきしみつづける蝶番 無精卵抱く鳥は眠れり
錦見映理子 (出典調査中)

ぼくはあなたに選ばれざりし石を抱くうしろ頭に寝癖をつけて
山階基風にあたる拾遺2012-2015」(出典確認中)

屈葬は石を抱いて眠ること死は石に沁み石は死に沁む
小島なお『展開図』2020

■こども 5首からピックアップ

こどもは、日常世界においては、抱いて眠るものの代表ですが、短歌にはそう多く詠まれるわけではなさそう。

なんといったらいいか、普通に詠むとすごく普通の歌になってしまいそうで、でもわざわざひねって詠むのもためらわれる、というような事情でしょうか。

(親や子という題材には、意識されていないタブーが存在し、表現の届かない領域がまだ多く残っているのかもしれません。)


荒れあれて雪積む夜もをさな児をかき抱きわがけものの眠り
石川不二子『牧歌』1976

子がわれかわれが子なのかわからぬまで子を抱き湯に入り子を抱き眠る
河野裕子『桜森』1980


■じぶん 3首からピックアップ

自分を抱いて寝る歌もときどきあります。


偽物のわたしを抱いて偽物のママが眠っているマッチ箱
木村友 文フリペーパー2017・11(第60回短歌研究新人賞最終候補作「木の根空の根」)


(これも近いか)
抱きて眠る胎児の中われが胎児となりて浮く錯覚に目ざめて怖し
ルビ:胎児【こ】
米川千嘉子


(ん? これは、自分が自分をじゃなくて、誰かが私を抱く歌か。)
眠りつつ髪をまさぐる指やさし夢の中でも私を抱くの
俵万智『チョコレート革命』

■からだの部位 3首

身体の部位、膝だとかを抱いて眠る歌。

夏のへちまをたわしに変えて友達に膝を抱えて眠れと言う
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

育つあたま死にゆくあたま頭抱けば夏はあかくて眠たかりけり
米川千嘉子『新星十人』1998より

明日死ぬ星のいのちを抱くやうにきみの頭蓋をかかへて眠る
飯田彩乃『リヴァーサイド』2018

■抱きあって眠る 4首からピックアップ

お互いに抱き合って眠る、ということもありますね。


抱き合って眠れば夢が深くなるぶどうの発芽くらいの熱で
岡崎裕美子『発芽』2005

抱きしめあいねむるかれらのおなかにはプラネタリウムのごと精子はひかる
瀬戸夏子『そのなかに心臓をつくって住みなさい』2012

■対象不明 2首からピックアップ

何かを抱いて寝ているけれど対象を曖昧にしてあるケース。

抱きしめているんだよだからそれでいいじゃないかそれに眠ってるんだよ
柳谷あゆみ『ダマスカスへ行く 前・後・途中』2012

■何も抱かずに眠る 1首

あるだろうと思いましたが意外にも1首でした。

抱かれず なにも抱かずねむりたり半島にあねもねの咲く夢
ルビ:抱【いだ】
江戸雪『百合オイル』

★抱かれて眠る 17首からピックアップ

「抱いて寝る」とは似ていて異なるシチュエーションなので別カウントですが、「抱かれて眠る」「眠るものを抱いている」(つまり、抱いている側は起きていて、抱かれている側が眠っている)歌が17首ありました。


ふかぶかと己れのうちにひそみたる山山の影に抱かれて眠る
ルビ:抱【いだ】
前田夕暮『夕暮遺歌集』1951(ペンクラブ電子文藝館より)

泣くおまえ抱けば髪に降る雪のこんこんとわが腕に眠れ
ルビ:抱【いだ】 腕【かいな】
佐佐木幸綱『夏の鏡』1976

眠くなつたきみを抱きしめ耳もとでぼくはシシシシシシシシシシシ
西田政史『ストロベリー・カレンダー』1993

寝不足の頭を眠った子みたいに起こさぬように抱えて歩く
植松大雄『鳥のない鳥籠』2000

子のなかに眠りの液が溜まりおり抱いて和室の隅に運びつ
吉川宏志『夜光』2000

楠の根に抱かれて眠る幼虫はこれから変わるからだを知らず
早川志織『クルミの中』2004

■俳句と川柳

俳句は手持ちデータ7句からピックアップ。

川柳は1句しかありませんでした。


俳句

凧抱いたなりですやすや寝たりけり
小林一茶

萩叢を抱き起こしたるまま眠る
永田耕衣『吹毛集』

顔抱いて犬が寝てをり菊の宿
高浜虚子

胸抱いて寝るさが月に吠えるさが
三谷昭

螢狩してきし足を抱いて寝る
大石雄鬼『だぶだぶの服』2012


川柳

万力を抱いて眠った七日間
暮田真名 ネットプリント『当たり』総集編


「おかじょうき」のDBで少し見つけました。
(「抱く」「眠る」など2つの条件による絞り込みができないので、ざっと見ただけです。)

ウイスキーボンボン夜を抱いて寝る
石橋芳山 2017年11月「月刊おかじょうき」

待ちぼうけ海鳴り抱いたまま眠る
山田楓子2015年06月「月刊おかじょうき」
など

探せばもっとあるでしょう。

2022年1月12日
歌の分類先のまちがいを少し修正しました。

2021年12月27日月曜日

ミニ59 輪ゴムの使いみち

伸縮する素材って大発明だと思います。
私がこどもだったころ、ストレッチ素材といったら、ニットだけだったような……。
(s28生まれです。)
でも、ゴム紐はありました。
(ゴム紐は「押し売り」が売りに来る品ものの代表だった……。)

どうでもいいけど、パンツのゴムが無かったころは、いちいち紐でしばっていたんだなあ。
もろともにいつか解くべき逢ふことのかた結びなる夜半の下紐
※夜半(よは)の下紐(したひも)
相模『後拾遺和歌集』

輪ゴムは便利グッズ。
生活のあらゆる場面で使います。工夫次第でいくらでも用途がひろがる。

短歌の中ではどういう使われ方をしているでしょう?

本日の闇鍋データ119022首のなかに輪ゴムを詠む歌は15首ありました

輪ゴムと言えば? ーー束ねる

輪ゴムのもっともありふれた用途は、束ねること。
あの独特の質感触感だけでも歌になりますね。

ゴムの輪を指に広げてぱちぱちと春の葉書を束ねて居たり
加藤治郎『昏睡のパラダイス』1998

輪ゴム二本で束ねる葉書 感情の過剰にいつも負かされており
小島なお『展開図』

月の温度、星の温度、瞳の温度を束ねて輪ゴムをかける指先
瀬戸夏子『かわいい海とかわいくない海 end,』2016

文字・ことば信じえざるに生活の輪ゴムは二本重ねて使ふ
田口綾子「詩客」2011年11月

輪ゴムと言えば? ーー飛ばす!

ぼくたちのこころにかくもふりやまぬ隕石を撃ち落とした輪ゴム
山田航『さよならバグ・チルドレン』

消えてった輪ゴムのあとを自転車で追うのだ君も女の子なら
我妻俊樹 作者のブログ「喜劇 眼の前旅館」2010-04-30

指鉄砲で飛ばしたゴムの輪の中に時の青さが一瞬満ちた
千葉聡『微熱体』

輪ゴムと言えば? ーー劣化する!

劣化せし輪ゴムをあまた無造作に重ねゐたるは意味あるごとし
宇田川寛之 『そらみみ』

果たせざる約束の束留めんとし予定のごとく切れたるゴム輪
佐佐木幸綱『反歌』1989

音を立て伸びきるときにほとばしるあきらめかけた輪ゴムのにおい
山階基『風にあたる』2019

輪ゴムと言えば? ーー落ちている!

生活の中に輪ゴムを拾うとき憎しみのほんとうにかすかな息吹
田丸まひる『ピース降る』2017

何を止めていたのだろうか伸びきった輪ゴムを拾う息子の部屋で
平山繁美『手のひらの海』2019

輪ゴムと言えば? ーー???


口うつしされた輪ゴムがどうしてもどうしても輪ゴムの味がする
加賀田優子「詩客」2017-06-03

ドア開ける度によいしょと言ううちに輪ゴム取る時にもよいしょ出る
山川藍『いらっしゃい』
すれちがいふり返りみるぷくぷくの秋の手首に輪ゴム、キイロの
杉山モナミ 「かばん」2015ー09

俳句

手持ちデータのなかでは、
落ちている系2句 飛ばす系1句、劣化系1句、その他2句

七夕や輪ゴムが一つ落ちてゐる
阿部青鞋
雁わたる風か畳に輪ゴム踏み
桂信子
座敷から月夜へ輪ゴム飛ばしけり
川崎展宏

千切れけり賀状を束ねたる輪ゴム
若林哲哉「詩客」2018-01-13

ある昼をバナナにはまる輪ゴムかな
関悦史『六十億本の回転する曲がった棒』

枇杷すする母は手首に輪ゴムはめ
沢村和子

川柳


手持ちデータのなかでは、
束ねる系が2句 動力系2句(短歌俳句では見かけなかった)、劣化系2句、その他1句がありました。


思い出を束ねてのびている輪ゴム
二宮茂男 川柳絵句集『この指にとまって幸せだったかい』

輪ゴムにて耕衣と冬二束にする
飯田良祐「ハ゛ックストローク」4号

入り組んだ輪ゴムで動く少国民
山田ゆみ葉 「川柳カード」4号

一本の輪ゴムで走る僕の町
八戸むさし 2005/3 おかじょうき本社月例句会 題:『 町 』

伸びきった輪ゴムの中の無言劇
八戸むさし 2005/11 川柳ふぉーらむ「洋燈」月例句会 題:『 輪 』

無理強いが続き輪ゴムの自爆テロ
ひとり静 2003/1 川柳の仲間「旬」 127-128号

着着と輪ゴムが溜まる人嫌い
草地豊子


なお、おかじょうきのデータベースを見たらすごくたくさんありました。好まれる題なのかも。








2021年12月24日金曜日

ミニ58 石を投げる

 近代の人たちの歌は、いろんなところに先鞭をつけた。

でも、何もかもが追随されるわけではない。

石をもて追はるるごとく
ふるさとを出でしかなしみ
消ゆる時なし
 石川啄木『一握の砂』1910

「昔の閉鎖的な村」のイメージで読んでいた歌だが、現代ではもっと大規模だ。
ネット上の誹謗中傷※などを見ると、人に石を投げる欲求は人々に偏在しているらしく思われる。ネットでは顔がないので、自ら石ころになってしまうのだろうか。

それはさておき、
啄木のこの歌のほど端的に「悪意の石投げ」を詠む短歌は少ない。
(婉曲に言うのはよくある。)
百年以上前の歌だが、今もなお啄木は先頭にいる。

歌の言葉は及んでいないということは、存在を言葉が捉えていない=意識化がすすまず、共有されていない、ということだ。

もっとも短歌は全般的に世情に疎い。だから単に遅れているだけなのかもしれない。


この他の「石を投げる」とその類の歌もピックアップしておきます。

分類考察などはしていません。掲載順も見つけた順です。


一里ばかり撫でまはして来た
なつかしい石コロを
フト池に投げ込む
 夢野久作『猟奇歌』

大河に投げんとしたるその石を二度みられずとよくみいる心
中原中也

み社の鳥居の上に石投げてのりものらずもはかなき吾が戀
柳原白蓮『踏絵』

石投げし少年一人わがなかに倒れ無数の青年倒る
田井安曇『天』

テロルへの暗き情熱語り終え海の彼方へ石投げる君
道浦母都子『無援の抒情』1980

長考し長考し見ゆるものありや一石を投ずるといふことの大きさ
馬場あき子『あさげゆふげ』

投げた石の速さで返りくる痛み意地けたこころ晩夏にさらす
永井陽子『葦牙』

街灯に石投げつけて街の夜のふたりの孤独とりもどさむか
西田政史『ストロベリー・カレンダー』

投げ入れる人間あれば見えねども空井戸の底に石は増えゆく
松村正直『風のおとうと』

まっさらな心に石を投げ入れた波紋のひとつ、(ひとつ)、((ひとつ))
工藤吉生 作者ブログ「存在しない何かへの憧れ」より

まもりのための家でも石なので投げるものだつたらなんとかなる
平井弘『遣らず』2021

石を投げ鬼と一緒に踊るから賽の河原にレゲエを流せ
三田三郎『鬼と踊る』2021




※ネットに書き込まれる悪意には、〝人を傷つけていいチャンスを見つけた喜びがにじみ出ている。
聖書に、女性が姦通の罪で石打ちの死刑になる場面がある。
イエスが「あなたたちの中で罪を犯したことのない者が、まず石を投げなさい」と言ったところ、人々はだんだん立ち去って誰も女に石を投げなかった、という話だ。

 が、いまネット上で石を投げている人にそれを言っても効果はなさそうだ。「わーい、罪がなければ石を投げていいんだね」と喜ぶんじゃないだろうか。

 イエスさんならどうするだろう?



2021年12月11日土曜日

ちょびコレ マッチング 並べて読みたい歌 2021

 まったく別々に詠まれた2首に、

もしかして本歌取り?と気になった、
歌合せだったらいい勝負じゃんと思えたり、
時を超えて応答しているみたいだったり、
歌人の個性の違いを感じておもしろかったり、
同じ作者の作なら進化や変化を感じたり、

することがあります。

とにかく並べて読むだけで〝批評マインド〟が刺激される。
そういうセットがときどきあるので、見つけたらとりあえずここに書きとめます。

ただし、私は、
優劣には興味がない。
歌を並べて優劣を決めたいわけではない。
そこのところ、よろしくおねがいします。

▼2021/12/22
■そのとき青いものがこぼれる……


よあけぼくらのシーツのうへに真青の魚が一匹こぼれてゐたか
塚本邦雄『透明文法』1975

ただ一度かさね合わせた身体から青い卵がこぼれそうです
東直子『青卵』2001

2022・4・17追記
青いものがこぼれる歌

「そのとき」じゃなく青いものがこぼれる歌もときどきあります。セットじゃないけど書いておきます。

銀行の窓の下なる/舗石《しきいし》の霜《しも》にこぼれし/青インクかな
石川啄木『一握の砂』

死もて師はわれを磨かむ秋天の青こぼれたるごとき水の辺
大塚寅彦『夢何有郷』2011

青きミルク卓にこぼれて妹が反戦をいう不可思議な朝
大野道夫『秋階段』1995


こういうのも。
信号としての役目を終えてからこぼれるような青、赤、黄色
伴風花 『イチゴフェア』


★赤いものがこぼれる
赤いものがこぼれたら血みたいだし、黄色いものだったら……、なんて思わなくもないので、ついでにちょっと探してみた。
セットではないけれどピックアップ。

根釧原野の霧の渦よりこぼれくる赤い鶴の頭泪のごとし
ルビ:根釧【こんせん】 頭【づ】
日高堯子(出典調査中)

草の実の赤くこぼれて原稿を夢の中では夢のように書く
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

★黄色いものがこぼれる
 赤と同様
こころもち黄なる花粉のこぼれたる薄地のセルのなで肩のひと
北原白秋『桐の花』1913

前をゆく中年男女離れつつ添いつつこぼれくる黄のひかり
東直子『十階』

▼2021/12/20
■鳥のむくろと人体

以下2首、内容は違うんだけど。

我を生みしはこの鳥骸のごときものかさればよ生れしことに黙す
ルビ:鳥骸【てうがい】・生【あ】
斎藤史

ねむりゆく私の上に始祖鳥の化石のかたち重ねてみたり
杉崎恒夫『パン屋のパンせ』


▼2021/12/20
■目を閉じて自らに

存在維持発電だけをするために目蓋を閉じて自分に沈む
九螺ささら『ゆめのほとり鳥』2018

眼球をうずめるように閉ざしつつ自慰をするときだけを信じる
石井僚一『死ぬほど好きだから死なねーよ』2017

▼2021/12/5

■食物連鎖の上位者

あまえびの手をむしるとき左胸ふかくでダムの決壊がある
笹井宏之『ひとさらい』2011

次々と蟹をひらいてゆく指の濡れて匂えり胸の港も
北山あさひ 『崖にて』2020


生物を食べることについて、新たな詩情が開拓されている気がする。
魚などを食物連鎖の上位者として食べる場面をときどき見かけるようになった。エビやカニは手足があるぶん、食べ方の残酷さが強まるようだ。
(鶏の唐揚げも、弱肉強食的な感覚をほんの少し暗示する傾向がある。)

▼2021/12/03

■胸の中の桜


わが胸をのぞかば胸のくらがりに桜森見ゆ吹雪きゐる見ゆ
河野裕子『桜森』1980

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

■洗濯機のなかでまわるもの

ドラム式洗濯機のなか布の絵本舞はせて夏をうたがはずあり
光森裕樹『山椒魚が飛んだ日』

洗濯機のなかにはげしく緋の布はめぐりをり深淵のごときまひるま
真鍋美恵子『真鍋美恵子全歌集』


■「桜」と「君」

君の内部の青き桜ももろともに抱きしめにけり桜の森に
佐佐木幸綱『アニマ』

君はしゃがんで胸にひとつの生きて死ぬ桜の存在をほのめかす
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

■金魚すくい

夏の夜のすべての重力受けとめて金魚すくいのポイが破れる
伊波真人『ナイトフライト』2017

飲み込んだ夢にふくれる縁日の金魚すくいの袋のように
山階基「風にあたる拾遺2015-2016」(出典調査中)

■青インキと他人

本当か嘘かはひとが決めること紙にインクはあおくにじんで
松村正直『風のおとうと』

青きインク吸ひたる紙がなまなまと机【き】にあり人はわれを妬めり
 ルビ:机【き】
真鍋美恵子

■冷蔵庫の気分

冷蔵庫はよく詠まれる題材。冷蔵庫の音などに気分を投影することがよくあります。

生み落とす氷の音をひびかせてほがらかなりき夜の冷蔵庫
三井ゆき『天蓋天涯』

春暁にほのぐらく浮く冷蔵庫唸りあげをり鶏卵を抱き
黒瀬珂瀾『空庭』2009


■冷蔵庫の卵置き場

冷蔵庫の卵に生と死を洞察するような感慨を添えるのもよく見かけます。卵の置き場が決まっていることを特に意識した歌も数ありますが、この2首をあげておきます。

はじめから孵らぬ卵の数もちて埋めむ冷蔵庫の扉のくぼみ
林和清(出典調査中)

冷蔵庫には卵のための指定席秋のコンサートが始まるらしい
杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010

冷蔵庫の卵は生まれず食べられるものだがら、多く憐れむ感じで詠まれますが、杉崎の歌はその上で、むしろ「そんな卵たちだから特等席」みたいな、救いのあるイメージで捉えてあげている気がします。


■夏冬のだいこん

夏大根に家中の口しびれつつ今日終る 国歌うたはず久し
塚本邦雄『日本人靈歌』1958

電車の外の夕方を見て家に着くなんておいしい冬の大根
永井祐『日本の中でたのしく暮らす』2012


■仰向けに寝て空を見る

不来方のお城の草に寝ころびて
空に吸はれし
十五の心
 ルビ:不来方【こずかた】/十五【じふご】
石川啄木 『一握の砂』

Tシャツを脱いで暮れゆく空を見て寝ころぶ レゴのかけらのように
千葉聡『微熱体』2000

もしかすると歌人なら一生に一度は詠むんじゃないか、と思えるほど好まれて詠まれているシチュエーション。それだけに自分らしさを大切に詠まれていると思います。

他にもいくつも見つけてしまったので、少しだけ書いておきます。

音たかく夜空に花火うち開きわれは隈なく奪はれてゐる
中城ふみ子『乳房喪失』
さくらさくさくらさくさく仰向けに寝て手を空へ差し出すように
木下龍也『つむじ風、ここにあります』2013