2022年5月15日日曜日

ミニ68 揉む

揉む歌ピックアップ


ざわめく樹海の緑もみくちゃの心臓ひとつかかえていたる
加藤克巳『球体』1969

揉みあへる樹の若緑わが生れし日の風いまはいづくさまよふ
大塚寅彦『ガウディの月』

窓に近き一樹が闇を揉みいたりもまれてはるか星も揺らぎつ
永田和宏『黄金分割』197

ブランコの鎖の間に星揺るる疲れし君の肩揉みおれば
吉川宏志『青蝉』1995

元旦に明るい色の胴体を揉めばぶよぶよするヤマト糊
穂村弘『水中翼船炎上中』2018


興味がありましたら、以下をご覧ください。
 *  *  *


「撫でる」と「さする」はどう違うかと外国の人に聞かれて困ったことがあるが、「揉む」ならそれほど説明に困らないだろう。

マッサージなど、対象が変形するほど力を入れて押したり掴んだりすることですよ、とか。

「揉む」という語を含む歌は、本日の全短歌データ122,604首中に94首あった。

揉む対象はさまざまだが、〝何が〟揉むかで分類すると(比喩的表現も含めて)次の結果だった。

○32首 手

 マッサージなど、手と書いてない場合も、肩揉みなどは普通は手で揉むだろうと推察。

 また「足で揉む」「電気あんま」(どちらもレア)も「手で揉む」に準ずると考えてここに含めた。


○24首 風

 風が草木などを揉むという表現が多い。

 「木が闇を揉む」は風による現象とやや狭くとらえてここに含めた。
 「闇が揉む」「空が揉む」各1首、近いかもしれないがここには含めなかった。


○13首 水

 海や河などの情景で「水」と書いてなくても水に揉まれると推察されるケースを含む。また「雨が揉む」も、やや異なるがここに含めた。


○4首 人ごみ

 表現はいろいろだが要するに混雑した状態で揉まれる歌。


○3首 揉み合う

 相互に揉み合う。喧嘩など。人どうしとはかぎらない。


○そのほか
 何が揉んでいるのか不明確な表現など、分類しづらいもの。


○独立語
「揉む」という動詞でなく、「錐揉み」「揉め事」という独立した語も使われていた。


全部は多すぎるので、少しずつ紹介します。


手が揉む



月光をもろ手ざわりに揉みしだく
菊ならば菊におい立つまで
奥田亡羊『花』2021

ブランコの鎖の間に星揺るる疲れし君の肩揉みおれば
吉川宏志『青蝉』1995

「灰皿」はなくなるとしても「揉み消す」は生き残るだろうこの先の辞書も
京表楷『ドクターズ・ハイ』2006

腹をもむ いきなり宇宙空間に放り出されて死ぬ気がすんの
工藤吉生『世界で一番すばらしい俺』2020

まもりゐの縁の入り日に飛びきたり蠅が手をもむに笑ひけるかも
斎藤茂吉『赤光』1913

揉みしだくよもぎのみどりかをる掌に五月よきみよ応へくるなし
小池光『バルサの翼』1978

元旦に明るい色の胴体を揉めばぶよぶよするヤマト糊
穂村弘『水中翼船炎上中』2018




風が揉む


ざわめく樹海の緑もみくちゃの心臓ひとつかかえていたる
加藤克巳『球体』1969

ひるがえる風に揉まれて消えし蝶伝えよ世界の裏なる紅葉
永田和宏(出典調査中)

窓に近き一樹が闇を揉みいたりもまれてはるか星も揺らぎつ
永田和宏『黄金分割』1977

揉まれつつ夜へ入りゆく新緑のさみどりの葉のねたましきかな
岡井隆『眼底紀行』1967

鋭い声にすこし驚く きみが上になるとき風にもまれゆく楡
加藤治郎『サニー・サイド・アップ』1987

あらしのあと木の葉の青の揉【も】まれたるにほひかなしも空は晴れつつ
古泉千樫『屋上の土』1928

揉みあへる樹の若緑わが生れし日の風いまはいづくさまよふ
大塚寅彦『ガウディの月』2003

若葉風揉み来る見ればおそらくは田には蛙の眼光るらし
北原白秋『白南風』1934



水が揉む


あたらしき雪平鍋に滾りつつ湯は芽キャベツのさみどりを揉む
花山多佳子『晴れ・風あり』2016

雨の揉む百房 ひとは貴腐の香をこころに生【あ】れしめてぞ死すべき
大塚寅彦(出典調査中)

暗渠の渦に花揉まれをり識らざればつねに冷えびえと鮮(あたら)しモスクワ
塚本邦雄『装飾楽句』1956

河骨のもまれあらがふ夏の川私が誰かわからなくなる
嶋田恵一「かばん新人特集号」2015/3




その他


二千年闇に揉まれて青白き翡翠勾玉凹のやさしさ
佐佐木幸綱『アニマ』1999

太古には鉱物のように青くありエビやエミュウを揉んでいた空
井辻朱美『水晶散歩』2001

肘から先ぷらぷらになりしとおもふとき錐揉みながら睡が押し寄す
ルビ:錐揉(きりも) 睡(すい)
小池光(出典調査中)

揉め事をひとつ収めて昼過ぎのねじれたドーナツを買いに行く
堂園昌彦『やがて秋茄子へと到る』2013

薔薇の花びらの揉みあふ廃園に情熱の冥きつちふまずあり
尾崎まゆみ『明媚な闇』2011

胸分(むなわ)けに行くスクランブル交差点ひとりひとつのこころもみくちや
小島ゆかり『泥と青葉』2014

学級委員みたいに理屈こねながら、こねながら揉む小ささが良い
ナイス害  サイト「うたの日」より


揉むのは本来「手」であって、「風」や「水」が揉むというのは比喩。
素敵な比喩だが、こんなに多く詠まれてしまっていては、の詩歌っぽすぎて、もはや安易に使えない。
風や水が揉むと書く場合には、逆にその詩歌っぽさを活かすぐらいの意識が必要かも。



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