2022年8月20日土曜日

ミニ69 雲の短歌(種類別)

雲の名前、巻積雲とか積乱雲とか、けっこう紛らわしいです。

でも、雲の通称は、なにかの形状になぞらえていてわかりやすい。入道雲・羊雲・いわし雲など、生き物になぞらえた名称が特に好き。

ふとそんなことを考えたので、雲の名称の入った短歌を集めてみました。

※作者独自の形容は集められたらいいのですが、探すのがたいへんで、たまたまし見つけたものがあれば、末尾に掲載します。

※名称でなく、「夏雲」(夏の雲)、「雨雲」(雨をもたらす雲)、「夕焼け雲」(夕焼けの色に染まった雲)、「鉛雲」(鉛色の雲)というように普通に形容したようなものは除く。

※雲の名前で短歌に詠まれる一番人気は「飛行機雲」だが、数が多いし、飛行機の軌跡に生じるもので、ちょっと異質だと思うので、別の機会に取り上げたい。

以下分類してカウント、そのなかから歌をピックアップします。 

本日の短歌データ総数 122,967首


積乱雲:せきらんうん 49首

強い上昇気流の影響で鉛直方向へ発達する巨大な雲。雲底から雲頂まで12,000 メートルを超えることもある。通称、入道雲、雷雲。

 入道雲 22首
 積乱雲 15首
 雷雲 12首

大空に何も無ければ入道雲むくりむくりと湧きにけるかも
北原白秋『雲母集』1915

靴の紐結ぶおまえの両肩を入道雲がつかんでいたよ
穂村弘『ドライ ドライ アイス』1992

元気でいてという願いはぼくのわがままで 積乱雲の切手はる
フラワーしげる 『ビットとデシベル』2015

積乱雲の鼓動見ながら坂のぼる日傘の膜をまとへるきみと
宇田川寛之 『そらみみ』2017

積乱雲山分けすれば頭からずぶぬれになる不運な八月
植松大雄『鳥のない鳥籠』2000

海の家の裏に隠れてこっそりと入道雲に空気を入れる
松村正直『駅へ』2001

いつわりのなき勢いに伸びあがる入道雲の真白きちから
久々湊盈子 『鬼龍子』2007

軍事用ヘリコプターがはつなつの入道雲に格納される
木下龍也『つむじ風、ここにあります』2013

縁側で濃いめのカルピス飲み干した入道雲がゆっくりほぐれる
藤本玲未『オーロラのお針子』2014

韻文をわが武器となし見あげれば積乱雲の翳の濃密
藤原龍一郎 『202X』2020

一通も出さないひとがついてくる入道雲が湧きあがる山
柳谷あゆみ 『ダマスカスへ行く 前・後・途中』2012


巻積雲:けんせきうん 36首

白い小さな雲片が多数の群れをなし、魚の鱗や水面の波のような形状をした雲。 絹積雲とも書く。 通称鱗雲、鰯雲、さば雲。

 巻積雲 1首
 いわし雲 18首
 うろこ雲 14首
 鯖雲 3首



目瞑ればまなうら寒くこがしつつ鯖雲なだるるふるさとなりき
河野裕子『森のやうに獣のやうに』1972

人に告げざることもおほかた虚構にて鱗きらきら生鰯雲
ルビ:鱗【いろこ】
塚本邦雄 『魔王』1993

一のわれ死ぬとき万のわれが死に大むかしからああうろこ雲
渡辺松男『泡宇宙の蛙』1999

会議室の窓にひろがる鰯雲 ギリシャ以前に多数決なし
小島ゆかり『憂春』2005

なにか撃たれやしなかつたかぽぽぽぽと鰯雲その集まるあたり
平井弘『振りまはした花のやうに』2006

みあげれば空いちめんのうろこ雲 秋は巨大な魚となりぬ
小島なお『乱反射』2007

あれこれとやりっぱなしの鰯雲そらに浮かべて髭剃られおり
奥田亡羊『亡羊』2007

鰯雲のうろこのなかへ釣り針のように突っ込んでゆく旅客機
笹井宏之『てんとろり』2011

うろこ雲いろづくまでを見届けて私服の君を改札で待つ
山田航『さよならバグ・チルドレン』2012

いわし雲が育ってひつじ雲になる 子どもに嘘を言いたくなりぬ
吉川宏志 (出典調査中)


高積雲:こうせきうん 29首

 小さな塊状の雲片が群れをなして、斑状や帯状の形をつくり、白色で一部灰色の陰影をもつ雲。通称まだら雲、ひつじ雲、叢雲(むら雲)

 羊雲 18首
 叢雲 10首
 はだら雲 1首


ひつじ雲それぞれが照りと陰をもち西よりわれの胸に連なる
小野茂樹『羊雲離散』1968

ひつじ雲風が集めている昼に変えられていく世界のかたち
小守有里『こいびと』2001

羊雲ひろく連なり現世にいまだ護るものなき身のかるし
横山未来子『水をひらく手』2003

指五本人間病に細りけり暗暗俺の心臓むら雲
ルビ:人間病【にんげんびょう】 
依田仁美『異端陣』2005(『乱髪~Rum-Parts』1991)

初期化されたたましいのように天心を吹かれてすぎる羊雲たち
井辻朱美『クラウド』2014

むらくもをやぶいて月はぬれぬれと潭の深きへ鰭を反せり
ルビ:
潭【ふち】
佐藤弓生『モーヴ色のあめふる』2015

こころとふ閉ぢこめてみてもたいせつないちばん奥に浮くひつじ雲
渡辺松男『雨(ふ)る』2016

おしよせる夜の羊雲だきあえばあなたったら腕一本多い
飯田有子(出典調査中)


巻層雲:けんそううん 17首

 白いベール状の雲で空の広い範囲を覆うことが多い。通称うす雲。

 巻層雲 1首
 薄雲 16首


おもひ出は霜ふるたにに流れたるうす雲の如かなしきかなや
斎藤茂吉『赤光』1913

青き果のかげに椅子よせ春の日を友と惜めば薄雲のゆく
ルビ:果【み】
北原白秋『桐の花』1913

病み起きの眼に追ふ鳥のはるばると吸はれて白いうす雲があり
小玉朝子『黄薔薇』1932

秋空の絹層雲はたかくひろくクレープを焼く僕らの上に
ルビ:絹層雲【けんそううん】
早坂類『風の吹く日にベランダにいる』1993

待てど待てど人生おわるまで待てど返事は来ないそんなうすぐも
東直子「短歌研究」2011・8


積雲:せきうん 15首

 晴れた日によく発生する、綿のような形をした雲。 綿雲。

 積雲 3首
 綿雲 12首


夜に見れば不二の裾廻に曳く雲の白木綿雲は海に及べり
ルビ:裾廻【すそみ】 白木綿雲【しらゆふぐも】
北原白秋『海阪』1949

瀬戸内の海のさざ波 青空のはぐれ綿雲 南こひし
ルビ:南【みんなみ】
高野公彦『水苑』2000

(映写室の壁をたゆたう綿雲はアラル砂漠の朽ち船のゆめ)
島なおみ 第4回歌葉新人賞応募作 2005 

わたぐもに さうね つつまるるこの感じ うえつとどりいむはあけがたにあり
渡辺松男『蝶』2011

積み上げてなだれんばかりの積雲はゲネラルパウゼのようなあかるさ
井辻朱美『クラウド』2014


巻雲:けんうん 10首

 刷毛で伸ばしたように細い雲が散らばった形の白い雲。細い雲片はぼやけず輪郭がはっきりしていて、絹のような光沢をもつ。絹雲、すじ雲、はね雲、しらす雲。

 巻雲 3首
 すじ雲 7首


魚籃坂千年まへの穂すすきを照らして白き巻雲うかぶ
ルビ:魚籃坂【ぎよらんざか】
高野公彦『水苑』2000

巻雲の鰈の骨の透きとおり天とはつくづく遠いところ
杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010

すじ雲のようなシールのはがし跡 お願い だけどいったい何を
雪舟えま『たんぽるぽる』2011


アーチ雲:アーチぐも 5首

 厚い積乱雲や積雲の下にあるアーチのような形をした雲。ひっくり返した巨大なお椀や皿の半分だけが見えているような形。通称ロール雲、棚雲。

 棚雲 5首


能登の海ひた荒れし日は夕づきて海にかたむく赤き棚雲
佐藤佐太郎 『地表』1956

手つなぎて夕棚雲を見てをりつ智紀はひだり結哉はみぎ
ルビ:夕棚雲【ゆうだなぐも】 智紀【ともき】 結哉【ゆうや】
(詞書:長男次男)

喜多昭夫『青霊』2008

※以上の分類名称と説明は気象用語としてのものですが、短歌に出てくる雲の名称と内容は気象用語としての意味においてあまり厳密なものではありません。


おまけ 何かの形に見える雲

「雲」+「かたち」で検索し、雲をなにかの形になぞらえている歌をピックアップ。
そのほかの表現で雲の形をあらわした歌もたくさんあると思いますが抽出していません。


誰も知らない島のかたちで雲が行く。させられたことはわすれなさいね
兵庫ユカ『七月の心臓』2006

ふっくらと河馬のかたちの雲浮く日ハローワークに行くのはやめる
藤島秀憲『二丁目通信』2009

鳥のかたち魚のかたちの雲浮かび未だ人なるわれは地に在り
徳高博子『ローリエの樹下に』2012

本州のかたちをしたる雲うかぶ 四国の雲はそのそばに添ふ
小池光『思川の岸辺』2015

Vサインしてる巨大なしろくまのかたちの雲の下に我が町
土井礼一郎「かばん」2017.7

おし花のかたちに雲がうかびをり諦めながら寄り(死ね)ゆくこころ
藪内亮輔『海蛇と珊瑚』2018

わがめぐりかぜの触手は織りなして雲ははるかな刺繍のかたち
井辻朱美(出典調査中)

恐竜のあぎとのかたちの雲浮びおまへを初めておまへと呼びき
山田富士郎(出典調査中)

人体のかたちの雲といってから恥ずかしそうに小石を蹴った
吉野裕之(出典調査中)


今日は、こんなところで。

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