2021年7月9日金曜日

満62:父母と雪 その2



Ⅱ 〈父〉or〈母〉とふたり(子の立場から)


〈雪〉のイメージといえば《清浄》、そして音もなく降るので《静寂》でしょうか。
さらに、降り込めて《遮断》するという表現効果があると思います。

■〈父or母+保護される子+雪〉


まずは、幼いときに〈雪〉のなかで親に保護されていた記憶を〈子〉の立場から描く歌。

亡き父のマントの裾にかくまはれ歩みきいつの雪の夜ならむ
大西民子『花溢れゐき』1971

頭にかかる雪を払いて顔抱きし母の掌ぬくし雪道のよる
渡辺於兎男(出典調査中)

《清浄》な〈雪〉のなか、〈父〉か〈母〉と二人だけで、寒さなどから守られ、たのもしさ、やさしさを一身に感じています。
日常を離れ、雪で他を《隔絶》した特別な状況、その至福……。

■〈父or母+やや大きい子+雪〉


ただし、同じく雪のなかでも、子どもがやや大きくなっている場合は、雰囲気が違ってきます。

〈父+やや大きい子ども+雪〉では次の歌を見つけました。

父とゆく朝の雪原ときとして双翼の翳われらを摂む
ルビ:摂【つつ】
高島裕(出典調査中)

〈父〉には《戦う》というイメージもあると思いますが、〈父〉に同行する子は、その戦いの空気をわかちあえることがうれしく、ほこらしく感じているようです。

しかし、こういうことはめったになく、幼児期のあとは、〈父〉は近寄りがたい存在であるというイメージのほうが優勢です。

爾後父は雪嶺の雪つひにして語りあふべき時を失ふ
春日井建『青葦』1984

なお、〈母+やや大きい子ども+雪〉に該当する歌は、私のデータベースにはありませんでした。

■〈父or母+成人した子+雪〉


降る音が聞こえるやうな雪の夜愛しき人の名を母に告ぐ
本田一弘『銀の鶴』2000

こうしたことを母に告げるのは、しずかな晩、二人だけになったときがふさわしいでしょう。
ですので、このような告白は必ずしも雪の夜でなくてもいいかもしれません。

春の夜のともしび消してねむるときひとりの名をば母に告げたり
 土岐善麿『遠隣集』1951
という歌がよく知られています。

ただ、家族の歴史に新しい変化をもたらすことを〈母〉に告白する、ということは、家族・血縁・ルーツなどの連想脈を少し刺激しますし、〈雪〉には〈ふるさと〉のイメージもあります(後述)。
ですので、内容はよく似ていますが、「降る音が……(本田)」はやや厳粛な感じであり、ほのぼのとした「春の夜の……(土岐)」とは異なる味わいになっています。

■〈老父or老母+成人した子+雪〉


では、〈父〉〈母〉が老い、子どもが成人したらどうでしょう。

舗装路の罅の間に解けのこる雪のかなしく父老いにけり
浜名理香(出典調査中)

雪降るを母に告げつつ眼科医の長き廊下を手をつなぎ行く
宇佐美ゆくえ『夷隅川(いすみかわ)』2015

現実世界にはいろいろな老い方がありますが、短歌のなかではどうでしょう。

〈父〉は、短歌の中ではことさら《威厳》《強さ》などを期待され、詩的役柄としてプライドが高く、そのぶん、衰えることの哀れさが強いように思えます。

一方、短歌のなかの〈母〉は、あまり抵抗なくしぜんに保護される側になり得るようです。
(宇佐美の「雪降るを……」は解釈によって老母とは限らないのですが、子に保護されることに抵抗感は描かれていません。)

さらに、〈父〉の《威厳》《強さ》等々のイメージは強い美意識を伴っているようです。老父の衰えは、その美意識とのギャップという哀れも加わります。

老醜をさらすよりけがれのない夭折のほうがまし、という極端な美意識の潜む歌がたまにあります。

■〈亡父or亡母+成人した子+雪〉


さらに、二人でいっしょにいるわけではありませんが、心のありようとして、亡父亡母と成人した子が寄り添うような関係もあります。

わが父よ汝が子はかくも疲れたり雪降るむこう山鳩の鳴く
岡部桂一郎『一点鐘』

この父は亡くなっているとは書いてありません。でも、昔から鳥は死者の国と行き来できる存在として描かれてきましたので、「山鳩の鳴く」は死者の国をそれとなく暗示していると思います。

母を知らぬわれに母無き五十年湖に降る雪ふりながら消ゆ
ルビ:湖【うみ】
永田和宏『百万遍界隈』2005

この母はいっしょにいるのでなく、逆にずっと不在ですが、関連ありと思うのでここに置きます。

■〈父or母+子+雪〉(親の立場から)


子の口腔にウエハス入れあは雪は父の黒き帽子うすらよごしぬ
ルビ:口腔【くち】
小池光『バルサの翼』1978

子にとっては、優しくて頼りになる親に保護される幸福な時間。親の立場でもそれは幸福な時間であるはずです。
けがれのない幼児にとって、ウエハスと同じようにやさしい淡雪。天使のような子のそばにいて〈父〉もその清らかさにあやかる幸福。

でも、その淡雪は〈父〉の黒い帽子を「うすらよごし」てしまう。その微妙な屈折が読みどころだと思います。
大人である〈父〉は少しけがれていて、天からの清浄な糧を子のように受け止められない。

そのほかにも、〈父+雪〉には無意識下で特別な暗示が少しはたらいて、複雑な味わいを醸しているようにも感じられます。
次章ではそこに踏み込めるかもしれません。

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