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岡崎裕美子『わたくしが樹木であれば』2017
高柳蕗子の短歌評論ブログ「ひょーたん」です。 テーマ別短歌コレクション。短歌の評論に関わる雑メモなど。ロビン・D・ギルさんにご協力いただいた狂歌コーナーも。#短歌評論 #高柳蕗子 #ひょーたん
前章では、〈父〉と〈雪〉との特別な結びつきを考察しました。
〈母〉と〈雪〉にはそうした〝特別〟はないのでしょうか。
集めてみたところ、〈母+雪〉の歌にはしばしば〈ふるさと〉が詠み込まれる、という傾向が見られます。
いったん〈雪〉を離れて、〈父+ふるさと〉と〈母+ふるさと〉の歌をざっとカウントしてみました。
〈父+ふるさと〉の歌は、あるけれども少なめで、〈母+ふるさと〉のほうが倍ぐらい多いわけです。
ところで、人の出身地はあちこちですから、そこかしこが誰かの故郷でありえるわけです。
ところが、〈ふるさと〉の一般的イメージは、都市ではなくて田舎であり、唱歌「ふるさと」のような情景です。
加えて、一体なぜなのか、現代の短歌に詠まれる※〈ふるさと〉はたいてい北国です。
何か根源的な理由があるのか、それとも、北国・雪国出身の歌人がすぐれた〈ふるさと〉の歌を詠み、その結果としてそういうイメージが定着したのでしょうか。
危篤の母のために故郷にかけつける有名な連作「死にたまふ母」を詠んだ斎藤茂吉は山形県出身です。
いろいろなことのなりゆきの結果として、〈ふるさと〉といえばなんとなく北国になったのでしょうか。しばしば〈雪〉が詠み込まれています。
※古典和歌の〈ふるさと〉には地域は関係なかったようです。近代の作者にその萌芽が見られます。
※短歌だけでなく、昔の歌謡曲「北帰行」にも「北へ帰る旅人」という言葉が出てきます。いままで詩歌系の文脈では「人の故郷は北」が定番であり、それに対して、「南へ帰る」はツバメなどの渡り鳥の話みたいな感じでした。だから逆に、詩歌系文脈の「人が南の故郷に帰る」は幽かに新鮮だし、楽曲のタイトルで見たことがあるので、これからだんだん増えるのかもしれません。
理由はどうあれ〈母+雪+ふるさと〉という取り合わせの歌は、なんと6首もありました。
今回見つけた〈母+雪〉の歌は38首ですので、そのうちの15%が〈母+雪+ふるさと〉に該当したのです。
この組み合わせ、定番というか、言葉の定食セットみたいな感じです。
その6首は以下の通り。
「ふるさと」という語を使っていない歌も、内容で判断してカウントしました。
故郷ではない場所に降る〈雪〉はふるさとの便りみたいなもの。
それどころか、〈ふるさと〉のカケラみたいに捉えている歌もあります。
〈雪〉は空から降るものなので、〈雪+ふるさと〉だったら、現実の地上のふるさとだけでなく、空にある魂のふるさとから降ってくる、という着想も射程に入ってくるはずですが、〈母〉が詠み込まれると、地上の故郷であって空ではない感じになります。
なお、〈父+雪+ふるさと〉はたった1首しか見つかりませんでした。レアですね。
でも、定番である〈母+雪+ふるさと〉の歌と読みくらべてみて、ちっとも違和感がなくて、なぜレアなのかわかりません。
ふるさとに雪は降るとぞ死にそうで死ねない父を見舞いにゆかむ
大島史洋『ふくろう』2015

「『沽券にかかわる』と言うべきところを『股間に……』と言っちゃった。」
「いや俺なんか「眉間にシワを寄せる」を『股間に……』と言っちゃった。」
みたいな話だ。
「股間」なんて短歌にめったに詠まないだろう、と思った。
でも念の為に調べてみたら、多くはないけどそこそこ詠まれていた。
けっこう詩的用途があるみたい。笑
10首ピックアップするので、読んでみてください。
ひきだしに産みつけられて寄りそえるちびえんぴつとちびけしごむと
佐藤弓生『薄い街』2010
消しゴムも筆記用具であることを希望と呼んではおかしいですか
岡野大嗣『サイレンと犀』2014
いつぶりか消しゴムに触れ消しゴムの静けさが胸へひろがる火曜
柴田葵『母の愛、僕のラブ』2019
カップ麺の蓋に消しゴム乗せている 君のメールを待つ春の夜
喜多昭夫『君に聞こえないラブソングを僕はいつまでも歌っている』2014
落ちてしまった消しゴムをずっと思ってる時間さびしい机のように
渡辺良『日のかなた 臨床と詩学』2014
竜と星つめたいものの象に抜く消しゴムなればほのかににおう
井辻朱美『クラウド』2014
はるの雲なつの雲あきの雲ふゆの雲、消しゴムが見つかりません
小島ゆかり『泥と青葉』2014
もう二度と飛ばない(飛べない)ことにして床に貼りつく消しゴムひとつ
千葉聡『そこにある光と傷と忘れもの』2004
隠したまま返さなかった消しゴムのことなど 校舎は建て替えられて
齋藤芳生『桃花水を待つ』2010
臼歯ほどの消しゴムを取りに少年は小教室に戻りて来たり
楠誓英『青昏抄』2014
向日葵のつづく坂道あの夏は昭和の消しゴムでしか消せない
中畑智江『同じ白さで雪は降りくる』
消しゴムを拾ってあげただけなのに完璧な笑顔をされて泣きそう
谷川電話「かばん新人特集号」2015/3
消しゴムを八十円で新調す 時計のベルト変えて二学期
俵万智『サラダ記念日』1987
書くことは消すことなれば体力のありさうな大きな消しゴム選ぶ
河野裕子(出典調査中)
消しゴムが丸くなるごと苦労してきっと優しくなってゆくのだ
萩原慎一郎『滑走路』2017
消しゴムでこすったような星空のあそこがアンドロメダ星雲です
杉崎恒夫『パン屋のパンセ』2010
台風の迫る夜明けにシャープペンシルの消しゴム激しく使う
穂村弘『水中翼船炎上中』2018
食肉目ネコ科トラネコその四肢に肉球といふ消しゴムをもつ
西田政史『ストロベリー・カレンダー』1993
登校日 すべすべした手でかえされたMONO消しゴムのOが●
伊舎堂仁『トントングラム』2014
消しゴムで消すようにはいかぬこの国の一九三七年のつまづき
久々湊盈子『麻裳よし』2019
消しゴムの角が尖っていることの気持ちがよくてきさまから死ね
加藤治郎(出典調査中)
消しゴムの完き消しゴムの影ありぬ「白桜集(はくあうしふ)」を読みゆく春夜
ルビ:完(また)
高野公彦『水苑』2000 ※『白桜集』は与謝野晶子遺詠集
消しゴムの孤島に犀を飼わんとす言語漂流記をなつかしめ
寺山修司『月蝕書簡』(未発表歌集)2008
もっとたくさんありますが、短歌はこのへんにして、
以下、俳句と川柳を、私の好みでピックアップします。
消しゴムの消屑をわが掃納め
鷹羽狩行(出典調査中)
消しゴムの弾力冬の父の口
原田浩佑 第4回芝不器男俳句新人賞 応募作品 坪内稔典奨励賞
消しゴムの腹より折るる遅日かな
五十嵐秀彦(出典調査中)
ささくれだつ消しゴムの夜で死にゆく鳥
赤尾兜子『虚像』1965
秋近き消しゴム急に痩せにけり
松浦敬親(出典調査中)
消しゴムや麓の川を川蒸気
攝津幸彦(出典調査中)
掃初の先に消ゴムまろび行く
秋元不死男 (出典調査中)
筆入れに消しゴム匂ふ鹿の声
佐々木六戈(出典調査中)
朧夜の消しゴムで消す我が名かな
有馬朗人(出典調査中)
消ゴムの滓みな長き避寒かな
四ツ谷龍(出典調査中)
消しゴムの滓は一揆を企てる
岩根彰子 第19回杉野十佐一賞 2015・1
消しゴムは空白を書くためにある
松木秀(出典調査中)
大きな消しゴムが眠っている空
山本忠次郎 「バックストローク」13号
蝶が来るこの消しゴムを動かしに
倉本朝世『なつかしい呪文』2008
消しゴムのカスは無口なままである
たなかまきこ おかじょうき月例句会 2001・7
消しゴムのカスを丸めて作る オトナ
Sin 月刊「おかじょうき」2009・7
消しゴムが廊下の隅に落ちている
三上玉夫 月刊「おかじょうき」2011・3